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誤った手段は成果を遠ざけ、やがて破滅をもたらす

前節で、孟子は「王の覇道への欲望は、まるで“木に登って魚を求めるようなもの”」と比喩しました。

それを受け、王は問います。

「それほどまでに、誤った方法というのは恐ろしいものなのか?」

孟子は答えます。

「いいえ、それよりもさらに悪いことです
木に登って魚を取ろうとしても、魚が取れないだけで済む。
しかし、王が今のようなやり方で大望を遂げようとすれば、
心も力も尽くしてなお得られないばかりか、必ず後に災いを招くことになります


興味を引く問いかけ:小国と大国の戦争

孟子は王の興味――国家間の力関係――に話を移し、問いかけます。

「もし小国・鄒と、大国・楚が戦ったら、どちらが勝つと思いますか?」

王は即座に答えます。

「楚が勝つに決まっている」

孟子はその通りだと認め、次のように論理を重ねます。

  • 小は大に勝てない
  • 少数は多数に勝てない
  • 弱者は強者に勝てない

齊が八国に敵対するのは、鄒が楚に戦を挑むのと同じ

孟子は戦国の国力地図を提示し、王に現実を突きつけます。

「海内(天下)のうち、千里四方の大国が9つある。
斉はそれらの中で、ようやくそのうちの一国分を占めるにすぎない。
その一国の力で、他の八国すべてを従えようとする――
それはまさに、鄒が楚に戦を挑むのと同じなのです」

この喩えは、王が心の中で自国を「中原の主」たらしめようとする幻想を打ち砕き、現実に即した道を選ぶよう促す強烈な論証です。


最後の一言:だからこそ、原点に立ち返れ

孟子は結びます。

「だったら、なぜ王道に立ち返らないのですか?(蓋ぞ亦其の本に反らざる)」

ここでいう「本」とは、仁政・徳治によって民の信を得るという根本原則です。
孟子は、軍事拡張ではなく、心ある政治=王道こそが真の覇者への道であると再び強調します。


引用(ふりがな付き)

「王(おう)曰(い)わく、是(こ)れの若(ごと)く其(そ)の甚(はなは)だしきか。
曰(い)く、殆(ほとん)ど是(こ)れより甚しき有(あ)り。
木(き)に縁(よ)りて魚(うお)を求(もと)むるは、魚を得(え)ずと雖(いえど)も、後(のち)の災(わざわい)無し。
若(ごと)き為(な)す所を以(もっ)て、若き欲(ほっ)する所を求むるは、心力(しんりょく)を尽(つ)くして之(これ)を為(な)し、後に必(かなら)ず災い有り。

曰く、聞(き)くことを得(え)べきか。曰く、鄒人(すうひと)と楚人(そひと)と戦(たたか)わば、孰(いず)れか勝(か)たんと為(な)す。
王曰く、楚人勝たん。曰く、然(しか)らば則(すなわ)ち小(しょう)は大(だい)に敵(てき)すべからず。寡(すくな)きは衆(おお)きに敵すべからず。弱(よわ)きは彊(つよ)きに敵すべからず。

海内(かいだい)の地(ち)、方千里(ほうせんり)なる者(もの)九(ここの)あり。斉(せい)、集めて其(そ)の一(いち)を有(ゆう)す。一を以て八(はち)を服(ふく)するは、何(なに)を以(もっ)て鄒(すう)の楚(そ)に敵するに異(こと)ならんや。
蓋(けだ)し亦(また)其(そ)の本(もと)に反(かえ)らざるのみ」


注釈

  • 鄒(すう)…孟子の故郷であり、小国の象徴。
  • 楚(そ)…戦国七雄の一つ、大国の象徴。
  • 方千里(ほうせんり)…千里四方の領域。国力・領土の大きさを示す。
  • 蓋亦其本に反らざるのみ…「だからこそ、根本に立ち返りなさい」という孟子の結び。

パーマリンク案(英語スラッグ)

  • wrong-way-wrong-result(誤った手段は必ず災いを招く)
  • tiny-vs-giant(小が大に挑む無謀さ)
  • return-to-true-principles(王道に立ち返れ)

補足:人を動かすには、興味をベースに理を重ねよ

孟子は、王の内心の“欲望”と“誇り”を否定せずに尊重しながらも、
それを実現するための“方法”を徹底的に批判する
という、
説得において最も高度な「共感+論理+喩え」の三段構成を用いています。

この話法は、現代のプレゼン、交渉、教育においても極めて有効であり、
相手の興味関心を足がかりに、正しい道へ導くための普遍的技法といえるでしょう。

1. 原文

王曰:「若是其甚與?」
曰:「殆甚焉。緣木求魚,雖不得魚,無後災;以若所爲,求若所欲,盡心力而爲之,後必有災。」

曰:「可得聞與?」
曰:「鄒人與楚人戰,則王以爲孰勝?」

曰:「楚人勝。」
曰:「然則小固不可以敵大,寡固不可以敵衆,弱固不可以敵彊。

海内之地,方千里者九,齊集其一,以一敵八,何以異於鄒敵楚哉?
蓋亦反其本矣。」


2. 書き下し文

王曰く、「是の如く其れ甚しきか。」
曰く、「殆んど是より甚しきは無し。木に縁(よ)りて魚を求むるは、魚を得ずと雖も、後の災い無し。

今、王の為す所を以て、王の欲する所を求めば、心力を尽くして之を為しても、
 その後には必ず災い有り。」

王曰く、「その災いについて、聞くことができようか。」
曰く、「鄒人が楚人と戦ったとしたら、王はどちらが勝つと思うか。」

王曰く、「楚人であろう。」

曰く、「然らば、小は大に敵すべからず、寡(すくな)きは衆に敵すべからず、弱は強に敵すべからず。

天下の土地のうち、方千里の大国が九つある。そのうち斉は一つにすぎぬ。
 斉一国を以て他の八国に対抗するのは、鄒が楚に敵するに何が違おうか。

そもそも、根本に立ち返らねばならぬのだ。」


3. 現代語訳(逐語・一文ずつ訳)

  • 王は尋ねる:「そんなに方法の誤りは重大なことなのか?」
  • 孟子は答える:「それどころか、魚を木の上で探すようなものよりも、もっと悪い。」
  • 「魚を木で探せば、無駄にはなるが害はない。
     だが、今王がとっている手段で目的を追い求めれば、
     心身を尽くして努力しても、結果は災いを招く。」
  • 王は尋ねる:「その災いとは何か、例を聞かせてくれ。」
  • 孟子は言う:「例えば、鄒のような小国が楚のような大国と戦ったら、どちらが勝つと思いますか?」
  • 王:「それは楚が勝つだろう。」
  • 孟子:「そうです。小が大に勝てず、少数は多数に勝てず、弱いものは強いものに勝てないのは道理です。
  • 天下に千里四方の国が九つあり、そのうち斉が占めるのはたった一つ。
     一国で八国に立ち向かうなど、まるで鄒が楚に戦いを挑むようなものです。」
  • 「今は根本(=仁政)に立ち返るべきです。」

4. 用語解説

  • 緣木而求魚:木に登って魚を求める。目的に対して手段が誤っていることのたとえ。
  • 殆甚焉(たいしんえん):非常に危険である。過失や災害が避けがたい状況。
  • 鄒・楚:鄒は孟子の出身国であり、小国。楚は大国。
  • 九国のうち斉一国:中国の戦国時代における天下の国土比率を示す。斉国が九分の一しか持っていない現実を数字で明示。

5. 全体の現代語訳(まとめ)

孟子は、王が誤った手段(武力)で高い目標(天下統一)を求めていることに対し、
「緣木求魚」以上に危険だと警告する。

木に登って魚を探しても成果はないが、災いもない。
だが、斉一国で八国に戦争を仕掛けて覇を唱えようとすれば、
必ず敗北と混乱を招く。

目的が正しくても、手段が誤っていれば、努力は無に帰し、
むしろ国家を滅ぼす危険すらある。
だからこそ、今すぐ“仁政”という本筋に戻るべきだ。


6. 解釈と現代的意義

この章句は「努力の方向を誤れば、成果どころか災厄を招く」
──という、リーダーが最も肝に銘ずべき原理を説いています。

正義を掲げても、やり方が誤っていれば誰もついてこない。
強行策で短期成果を出しても、長期的には必ず崩れる。

孟子の警告は、**“成し遂げるための道筋こそが成否を決める”**という教訓です。


7. ビジネスにおける解釈と適用(個別解説付き)

  • 「組織の志は高くても、進め方が間違っていれば逆効果」
     新規事業、グローバル展開、M&A──高い目標を掲げることは重要。
     だが、戦力分析・リソース計画を誤れば、鄒が楚に挑むのと同じ。
  • 「実力を見誤るな。理想を追うなら地に足をつけよ」
     挑戦は重要だが、戦略には自己認識が不可欠。
     無理な背伸びは**“心力を尽くして災いを招く”**道。
  • 「努力の方向が正しいか?問い直せ」
     苦労しても成果が出ない時、原因は努力不足ではなく、方向の誤りかもしれない。
     本筋(=人心の得方、仁徳の道)に立ち返る勇気を持て。

8. ビジネス用の心得タイトル:

「志高く、足元確かに──方法を誤れば、災いすら呼ぶ」


この章句は「手段の選び方」が、成果と信頼を左右することを明快に説いています。
孟子の哲学は「目的にふさわしい手段を選ぶ」という、
現代の戦略論やマネジメントにも通ずる普遍の教えです。


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