一度出た言葉は戻せない、だからこそ沈黙に徳が宿る
孔子の弟子・南容(なんよう)は、いつも詩経の一節――「白圭(はくけい)」の詩を口ずさんでいた。
そこにはこう詠われている。「玉なら欠けても磨き直せるが、人の言葉は一度口にすれば、取り返しがつかない」。
南容はこの詩の意味を深く理解していた。だからこそ何度も繰り返し唱え、言葉の重みを日々自らに戒めていたのだ。
孔子はその姿を見て、彼の慎み深さに心から信頼を寄せた。
そして、自分の兄の娘を彼に嫁がせた――言葉を大切にする人は、他人の人生すら安心して託せる、という孔子の判断である。
言葉を制することは、感情を制すること。
そして、それは人との信頼関係を築く土台でもある。
引用(ふりがな付き)
南容(なんよう)、三(み)たび白圭(はくけい)を復(ふく)す。
孔子(こうし)、其(そ)の兄(けい)の子(こ)を以(も)って之(これ)に妻(めあ)わす。
注釈
- 南容(なんよう):孔子の弟子。温厚で慎み深く、特に言葉を大切にした人物とされる。
- 白圭(はくけい):『詩経』の「大雅・抑篇」にある詩。内容は「玉は欠けても磨き直せるが、口にした言葉は取り返しがつかない」といった戒め。
- 復す(ふくす):繰り返し唱えること。
- 妻わす(めあわす):結婚させる、嫁にやるという意味。
1. 原文
南容三復白圭。孔子以其兄之子妻之。
2. 書き下し文
南容(なんよう)、三たび白圭(はくけい)を復(ふく)す。孔子、其(そ)の兄の子を以(もっ)て之(これ)に妻(めあ)わす。
3. 現代語訳(逐語/一文ずつ訳)
- 「南容、三たび白圭を復す」
→ 南容という弟子は、「白圭(はくけい)」という詩を三度繰り返し朗誦していた。 - 「孔子、其の兄の子を以て之に妻わす」
→ 孔子は、(信頼の証として)自分の兄の娘を南容に嫁がせた。
4. 用語解説
- 南容(なんよう):孔子の弟子の一人。温厚篤実な性格とされ、表立った活躍より内面の徳を重んじた人物。
- 三復(さんぷく):「何度も繰り返すこと」。ここでは、強く共鳴し、意味を味わい深めながら詩を繰り返している様子を示す。
- 白圭(はくけい):『詩経』に収録された一編で、「白き玉(けい)のごとく清く正しくあれ」という道徳的理想を歌った詩。清廉潔白の象徴とされる。
- 妻わす(めあわす):嫁がせる。現代語の「結婚させる」とほぼ同義。
- 兄の子:孔子の兄の娘(姪)。古代中国では、女性を嫁がせることは最大の信頼と尊敬のしるし。
5. 全体の現代語訳(まとめ)
南容は、白玉のような清らかさを謳った詩『白圭』を何度も繰り返して朗読していた。
その姿勢を見た孔子は、彼の人柄と徳を高く評価し、自分の兄の娘を彼に嫁がせた。
6. 解釈と現代的意義
この章句は、**「内面の徳とそれに対する最高の評価」**を描いています。
南容は地味な弟子であり、論語の中でもこの章句でしか登場しません。しかし、彼が心から繰り返していた「白圭の詩」は、清廉潔白であること、自己を省みて正道を歩むことを象徴しています。
孔子は、その内面の誠実さと言葉に対する姿勢を見抜き、自分の大切な家族を託すに足る人間として認めたのです。
これは、言動の一貫性、そして内面の気高さが、最も強い信頼を得る根拠になるという、儒教的な価値観を象徴しています。
7. ビジネスにおける解釈と適用
❶「目立たなくても、“内面の誠実”は信頼を呼ぶ」
– 南容は派手な実績を残していないものの、誠実な人格によって孔子から最大級の信頼を得ています。
– 組織の中でも、「結果」だけでなく「姿勢」や「価値観への共鳴」を重んじることで、人は評価されうる。
❷「繰り返し言葉にする価値観は、人格を形づくる」
– 南容が繰り返し唱えた「白圭の詩」は、彼の信念の表れ。
– 組織でも、理念や信条を繰り返し確認し、共有することで、人格と文化が育つ。
❸「人を見る目=“地味な人”を見抜く眼力」
– 派手で雄弁な人物よりも、誠実で一貫性のある人物が組織を支える。
– リーダーは、そうした“静かな徳”を見抜く力を持つべき。
8. ビジネス用心得タイトル
「清廉なる者に人は集う──“静かな徳”が最高の信頼を生む」
この章句は、成果よりも人格、声高なアピールよりも静かな誠実、**「徳による信頼こそが人間関係の基盤」**であることを、鮮やかに描いています。
南容のような人材を見抜けるリーダー、そして自身がそう在れるように自己を省みる文化が、組織の芯を強くしていくのです。
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