真心のこもった言葉と、まじめで丁寧なふるまい。
それがあって初めて、人はどこにいても道を通すことができる。
子張が「どうすれば世の中で思い通りに行動できるか」と問うと、孔子は答えた。
「言葉が忠実で信頼され、行動がまじめで慎み深ければ、たとえ文化の異なる蛮族の地に行こうとも、通用する。
反対に、言葉に誠実さがなく、行いもいい加減であれば、自分の故郷でさえ通用しない」と。
そしてこの教え——**「言忠信、行篤敬」**が、立っているときには目の前に浮かび、車に乗っているときには横木に映るほど、
常に心のなかに刻まれていれば、道は自ずと開かれる。
原文とふりがな
「子張(しちょう)、行(おこない)わるることを問う。
子(し)曰(い)わく、言(い)うこと忠信(ちゅうしん)にして、行(おこな)い篤敬(とくけい)なれば、蛮貊(ばんばく)の邦(くに)と雖(いえど)も行(おこな)われん。
言(い)うこと忠信(ちゅうしん)ならず、行(おこな)い篤敬(とくけい)ならずんば、州里(しゅうり)と雖(いえど)も行(おこな)われんや。
立(た)てば則(すなわ)ち其(そ)の前(まえ)に参(まじ)わるを見(み)、輿(くるま)に在(あ)りては則(すなわ)ち其(そ)の衡(ながえ)に倚(よ)るを見る。夫(それ)然(しか)る後(のち)に行(おこな)われん。
子張(しちょう)、諸(これ)を紳(しん)に書(しる)す」
誠実さを貫いた者は、どこへ行っても自分の道を通すことができる。
注釈
- 「忠信」:誠実さと信頼。心からの言葉であり、裏表のない表現。
- 「篤敬(とくけい)」:「篤」はまじめで誠実なこと、「敬」は丁寧で慎み深い態度。人格と行動の一体化を示す。
- 「蛮貊(ばんばく)」:中国から見て未開の異民族の国を指す。文化の違いが大きい地域の比喩。
- 「州里」:故郷、慣れ親しんだ地域。ここですら通用しない、という強調。
- 「衡(ながえ)」:車の横木。乗っているときでも常に目に映るように、常に意識し続けるべき教えを示す。
- 「紳」:帯の余り部分。重要な言葉を記す場所として選ばれた。
1. 原文
子張問行。子曰、言忠信、行篤敬、雖蠻貊之邦行矣。言不忠信、行不篤敬、雖州里行乎哉。立則見其參於前也。在輿則見其倚於衡也。夫然後行。子張書諸紳。
2. 書き下し文
子張(しちょう)、行(おこない)わるることを問う。子(し)曰(いわ)く、言(ことば)忠信(ちゅうしん)にして、行(おこな)い篤敬(とくけい)なれば、蛮貊(ばんばく)の邦(くに)と雖(いえど)も行(おこな)われん。言(ことば)忠信(ちゅうしん)ならず、行(おこな)い篤敬(とくけい)ならずんば、州里(しゅうり)と雖(いえど)も行(おこな)われんや。立(た)てば則(すなわ)ち其(そ)の前(まえ)に参(まじ)わるを見(み)、輿(くるま)に在(あ)りては則ち其(そ)の衡(つなぎ)に倚(よ)るを見(み)る。夫(そ)れ然(しか)る後(のち)に行(おこな)われん。子張、諸(これ)を紳(しん)に書(しる)す。
3. 現代語訳(逐語/一文ずつ)
- 「子張、行を問う」
→ 子張が「どう行動すれば人としての道を実践できるか」を孔子に尋ねた。 - 「子曰く、言忠信にして、行い篤敬なれば、蛮貊の邦と雖も行われん」
→ 孔子は言った。「言葉が誠実で信義に富み、行いが真心と敬意に満ちていれば、たとえ文明から遠い蛮族の地であっても通用するだろう」。 - 「言忠信ならず、行い篤敬ならずんば、州里と雖も行われんや」
→ 「逆に、言葉が誠実でなく、行動にも敬意がなければ、身近な地域社会ですら信頼されず通用しない」。 - 「立てば則ち其の前に参わるを見る」
→ 「立っていれば、その姿勢から自然と人が寄ってくるのがわかる」。 - 「輿に在りては則ち其の衡に倚るを見る」
→ 「車に乗っていても、その人柄が車の横木にもたれかかるように周囲に支えられているのが見える」。 - 「夫れ然る後に行われん」
→ 「このようにして初めて、その人の行いが世に通用し、実を結ぶのである」。 - 「子張、これを紳に書す」
→ 子張はこの言葉を大切に思い、帯に書き記した(=常に携帯して忘れぬようにした)。
4. 用語解説
- 子張(しちょう):孔子の弟子。実践や行動を重視するタイプ。
- 忠信(ちゅうしん):誠実さと信頼性。言葉に嘘や裏表がないこと。
- 篤敬(とくけい):誠実で、深い敬意をもった行動態度。
- 蛮貊(ばんばく):中国から見て東西南北の異民族。文明の外にある存在とされていた。
- 州里(しゅうり):身近な村や郷里。共同体の最小単位。
- 参(まじ)わる:人が寄ってくる、親しみを持つ。
- 衡(つなぎ):車の横木。車体を支える部分。
- 紳(しん):帯。ここでは「自戒のために記す場所」の象徴。
5. 全体の現代語訳(まとめ)
子張が「どうすれば正しい行いができるか」と孔子に尋ねた。
孔子はこう答えた:
「言葉に誠実さと信頼があり、行動にも真心と敬意があれば、たとえ文化の異なる国でも人として受け入れられる。
逆に、言葉に誠実さがなく、行動に敬意もなければ、身近な地域ですら信頼されず通じないだろう。
その人が立てば人が自然と集まる。車に乗っていても周囲に支えられているのがわかる。
このようにしてはじめて、その人の行いは社会に通じるのだ」。
子張はこれを心に深く刻み、帯に記して常に身につけた。
6. 解釈と現代的意義
この章句は、**「人としての信頼は、言葉と行動の誠実さから生まれる」**という倫理の根本を説いています。
- 言葉と行動に信念が通っていれば、どのような環境でも人から受け入れられる。
- 誠実さがなければ、どんなに便利な場所・利害関係に囲まれていても、何も成し得ない。
- 「立てば人が寄り、車に乗っても支えられる」とは、人徳のある人物の“無言の影響力”を象徴する表現。
7. ビジネスにおける解釈と適用
◆ 「言動の誠実さが、信頼と影響力を生む」
リーダーに求められるのは、言葉の上手さよりも「誠実で信頼できる」人間であること。誠実な言葉、敬意ある行動があれば、社内外を問わず信頼は自然と集まる。
◆ 「形式や肩書では人は動かない」
たとえ地位があっても、言葉が嘘くさく、態度が雑であれば誰もついてこない。逆に無名でも、人間として誠実であれば、どこでも信頼され、通用する。
◆ 「徳のある人は、無言でも影響を与える」
“立てば寄り、輿にあれば倚る”とは、影響力は言葉ではなく、日々の姿勢からにじみ出るものだということ。リーダーの真価は、「何を語ったか」ではなく「どうあったか」で決まる。
◆ 「大切な心得は常に身につけよ」
子張が「紳に書す(帯に記す)」とは、信念や教訓を常に携えるべきことの象徴。組織理念や個人の行動原則も“身につけておく”ことが求められる。
8. ビジネス用心得タイトル
「誠の言葉と敬の行動──信頼は“在り方”で築かれる」
この章句は、信頼の源泉は内面の誠実さにあるという普遍的な教えを伝えています。
リーダーシップ研修、企業理念の浸透、顧客対応指針の構築にも応用しやすい内容です。
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