――正義を貫くだけでなく、身を守る“知恵”もまた徳である
孔子は、「賢者の危機回避の術」について、以下のように語っています。
「賢者(けんじゃ)は、世(よ)を避(さ)く。
その次には、地(ち)を避く。
その次には、色(いろ)を避く。
その次には、言(ことば)を避く。
このように身を処した者が、かつて七人ほどいた。」
四段階の「避ける力」
孔子が挙げる“避ける”行動は、単なる逃避ではなく、節度と生存の知恵に基づく行動です。
- 世を避く
→ 時勢そのものが乱れているときは、世の中から距離を置く(隠遁・辞職など)
(例:堯舜の時代に仕えず山林にこもった賢者たち) - 地を避く
→ 政治が乱れている土地を離れて、他の国や地域へ移る - 色を避く
→ 君主の顔色・様子を察知して危険を予知し、身を退く - 言を避く
→ 君主の発言に不穏な兆しがあれば、言葉の端から政情を読み取り、去る
これらはすべて、決して阿諛せず、時勢に呑まれず、なお正しさを保つための術です。
原文とふりがな付き引用:
「子(し)曰(いわ)く、
賢者(けんじゃ)は世(よ)を避(さ)く。
其(そ)の次(つぎ)には地(ち)を避く。
其の次には色(いろ)を避く。
其の次には言(ことば)を避く。
子曰く、作(な)す者七人ありき。」
注釈:
- 世を避く … 時代そのものから距離を取る。政争の場に立たない。
- 地を避く … 政情の悪い国や地域から離れる。
- 色を避く … 君主の顔色、表情、空気から危険を察する。
- 言を避く … 君主の発言から国の方向性や危機を読み取って行動する。
- 七人ありき … 具体的な人物名は記されていないが、歴史上そうした賢人たちが存在したという意味。
教訓:
この章句は、**「ただ正しいことを主張するだけが賢さではない」**という現実的な知恵を教えてくれます。
- 賢者は「時に語らず」「時に仕えず」という判断を下せる。
- 正義のために命を投げ出すことより、正義を保って生き延びる方が難しい場合もある。
- 危険から身を引くこともまた、賢さの一つである。
現代でも、危険な職場、腐敗した組織、誠意の通じない関係に対して、
撤退する判断力と勇気は、生き残るための「智慧」と言えるでしょう。
1. 原文
子曰、賢者避世、其次避地、其次避色、其次避言。子曰、作者七人矣。
2. 書き下し文
子(し)曰(いわ)く、賢者(けんじゃ)は世(よ)を避(さ)く。
其(そ)の次(つぎ)は地(ち)を避く。
其の次は色(しょく)を避く。
其の次は言(げん)を避く。
子曰く、作(のが)れたる者七人ありき。
3. 現代語訳(逐語/一文ずつ)
「賢者はまず、乱れた世を避ける」
→ 本当に賢い者は、政治や社会が道を失ったとき、その世の中に身を置かず、距離を取る。
「次に避けるのは、地(ち)=その地位や居場所」
→ 世の中全体を離れることができなければ、少なくともその場(地位・職務)から退く。
「さらに避けるのは、色=顔色(人との接触や対面)」
→ 社会や人間関係の中で不義に触れることを避け、他人との関わり自体を断つ。
「最後に避けるのは、言=言葉を発することすら控える」
→ 何も語らず、語れば批判や害になるから、沈黙を選ぶ。
「孔子は言った──こうして身を引いた者が、かつて七人いた」
4. 用語解説
- 避世(ひせい):乱れた世に関わらず、政治・社会から身を引くこと。
- 避地(ひち):任官や役職を辞し、住まいや任地から退くこと。
- 避色(ひしょく):他人と顔を合わせること=接触を避けること。
- 避言(ひげん):発言を控える、語らずして沈黙を守ること。
- 作(のが)れたる者七人ありき:実際にこうした姿勢を取った賢者が七人いたという孔子の証言。
5. 全体の現代語訳(まとめ)
孔子はこう言った:
「賢者は、まず乱れた世の中から身を引く。
それが叶わなければ、せめて自分の地位や居場所を離れる。
それもできなければ、人に会うことすら避ける。
最後には、言葉すら発せず沈黙を守る。
かつて、こうして世の乱れから身を退いた賢者が七人いた。」
6. 解釈と現代的意義
この章句は、**「不義の時代における賢者の態度」**を、段階的に描いています。
- 孔子は「仁をもって世に尽くす」ことを理想とするが、
同時に**「どうしようもなく道が乱れたとき、誠実な人間は身を引く」**ことも認めている。 - 避世・避地・避色・避言という順序は、不義と距離を取るための知恵と慎みの表れである。
- 「言わない自由」「沈黙の倫理」もまた、立派な行動であるという価値観がにじんでいる。
7. ビジネスにおける解釈と適用(個別解説付き)
✅「誠実な人は、時に“身を引く勇気”を持つ」
- 組織が不正や非倫理に染まったとき、
自らの良心に従って距離を取ることもまた、選択肢の一つ。
✅「すべてに関わらず、無理に語らず、沈黙もまた責任ある選択」
- すぐに発言したり反応するより、
“語るに値しない状況では語らない”という沈黙の倫理も、プロフェッショナルの証。
✅「“去ること”は敗北ではない。信念を守る選択である」
- 役職を降りる、組織を辞める、関係を断つ──これらは敗北ではなく、
信義を守るための行動であることもある。
8. ビジネス用の心得タイトル
「沈黙は知、退くは勇──混迷の中にある賢者の選択」
この章句は、
「どんな時も関わり続けることが“善”なのではない」
という孔子の冷静な倫理観を示しています。
誠実な人ほど、何が正しく、何が許容できないかを知っており、
時には退くこと、沈黙することが、最も高い道徳的選択になるのです。
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