弟・象が「不仁」であることをよく知りながら、舜は象をそのまま君主にはせず、官吏を派遣して実権を制限した。
それでも形式的には象を一国の君とし、富貴を与えた。
ここに舜の「仁」と「義」の両立――家族愛と民への責任を同時に果たす、極めて知的なバランス感覚が見て取れる。
さらに、舜は兄弟の情を絶やさぬよう、常に会おうと努め、象もまた絶えず朝貢を口実に天子のもとを訪れた。
この絶妙な距離感と支配の仕組みこそ、聖人の仁義を実現するための知恵である。
原文と読み下し
敢(あ)えて問(と)う、或(あ)る人曰(いわ)く、「放(ほう)す」とは、何の謂(い)いぞや。
曰く、象(しょう)は其(そ)の国を為(おさ)むること有(え)し得(え)ず。
天子(てんし)、吏(り)をして其の国を治(おさ)め、其の貢税(こうぜい)を納(おさ)めしむ。
故(ゆえ)に之(これ)を放すと謂う。豈(あ)に彼(か)の民を暴(あら)ぶることを得(え)んや。然(しか)りと雖(いえど)も、常常(つねづね)にして之を見んことを欲す。故に源源(げんげん)として来たる。
貢に及(およ)ばず、政を以(もっ)て有庳(ゆうひ)に接(せっ)すとは、此(こ)れ之を謂(い)うなり。
解釈と要点
- 舜は象に実質的な権限を与えず、官吏を派遣して政治を管理し、象には貢税だけを受け取らせた。これが「放逐された」と誤解された所以である。
- この体制によって、象は民に対して暴虐を働くことができなくなり、仁義に基づく政治が守られた。
- それでも舜は兄弟愛を大切にし、政治の名目を用いて象とたびたび会う機会をつくった。象もまた、絶えず訪れたという。
- ここでの舜の行動は、仁(家族愛)と義(正義)の両立という極めて高度な判断と行動であり、君子・聖人の政治的実践の典型といえる。
注釈
- 放す:追放する、の意だが、ここでは名目的な「君」として残し、実際の統治権を与えないことを指す。
- 吏:役人。舜が直接送り込んだ統治の担い手。
- 源源として来たる:「水が絶えず流れるように」、頻繁に訪れることの比喩。
- 貢に及ばず、政を以て接す:定期的な朝貢を待たず、政務を名目にして会い続けたこと。
パーマリンク(英語スラッグ)
wisdom-in-ruling-with-love
→「愛をもって治める知恵」という主題に沿った表現です。
その他の案:
power-without-trust
(信を与えずに権を与える)rule-from-a-distance
(遠くからの統治)benevolent-strategy-of-shun
(舜の仁愛的戦略)
この章は、舜の徳治の核心を示す部分であり、兄弟への情を捨てずに国家の統治原理を守った「知と仁」の絶妙な融合を描いています。
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