孟子は、夏の桀王や殷の紂王が天下を失った根本原因を明言する――それは民を失ったからであり、さらにその原因は民の「心」を失ったからである。
天下を治めたいと願うならば、その出発点は「民の心を得ること」にある。
孟子は、天下・民・心の三段階の関係を明確に整理している:
- 天下を得るには、民を得よ。
- 民を得るには、民の心を得よ。
- 民の心を得るには、民の欲することを与え、民の嫌がることを施さないこと。
つまり、支配者が民の望みを理解し、民の苦しみを避けるように努めることが、政治の第一歩である。
民意を軽んじ、信頼を失えば、国はたちまち傾き、最後には天下をも失う。
仁政とは、ただ「善いこと」を行うことではない。
民の感情と願いを正しく読み取り、それに応えることが、民の心を得る道であり、政治の根幹なのである。
原文(ふりがな付き)
孟子(もうし)曰(いわ)く、
桀(けつ)・紂(ちゅう)の天下(てんか)を失(うしな)うや、其(そ)の民(たみ)を失えばなり。
其の民を失う者は、其の心(こころ)を失えばなり。
天下を得(え)るに道(みち)有(あ)り。
其の民を得れば、斯(ここ)に天下を得。
其の民を得るに道有り。
其の心を得れば、斯に民を得。
其の心を得るに道有り。
欲(ほっ)する所は之(これ)を与(あた)え、之を聚(あつ)め、
悪(にく)む所は施(ほどこ)す勿(なか)れのみ。
注釈
- 桀・紂(けつ・ちゅう):それぞれ夏と殷の暴君。仁義を欠いた政治で民を苦しめ、国を滅ぼした。
- 民を得る/心を得る:単なる数としての支配民ではなく、信頼と共感を得た状態。民の支持。
- 欲する所は之を与え、之を聚め:民が望むこと(平和・安定・生業など)を支援し、それを充実させる。
- 悪む所は施す勿れ:民が忌み嫌うこと(重税・圧政・不義など)を避けること。
パーマリンク案(英語スラッグ)
- win-hearts-win-the-world(心を得て天下を得る)
- trust-of-the-people-is-power(民の信頼こそ力)
- rule-by-earning-loyalty(忠を得て治めよ)
- no-rule-without-heart(心なき統治に天下なし)
この章は、**民本主義(人民を根本とする政治思想)**の要諦を簡潔に示す、孟子の代表的名言のひとつです。
原文
孟子曰、桀紂之失天下也、失其民也。失其民者、失其心也。
得天下有道、得其民、斯得天下矣。得其民有道、得其心、斯得民矣。
得其心有道、所欲與之、聚之、所惡勿施爾也。
書き下し文
孟子曰(いわ)く、桀(けつ)・紂(ちゅう)の天下を失うは、其の民を失えばなり。
其の民を失う者は、其の心を失えばなり。
天下を得るに道(みち)有(あ)り。其の民を得れば、斯(すなわ)ち天下を得。
其の民を得るに道有り。其の心を得れば、斯に民を得。
其の心を得るに道有り。欲する所はこれを与え、これを聚(あつ)め、悪(にく)む所は施す勿(なか)れ、のみ。
現代語訳(逐語/一文ずつ)
- 孟子は言った:
- 桀王や紂王が天下を失ったのは、民を失ったからだ。
- 民を失うとは、その心(信頼・共感)を失ったことに他ならない。
- 天下を得るには正しい道がある。
- 民を得れば、天下は自然と手に入る。
- 民を得るにも道がある。
- 民の心を得れば、民は自然に集まる。
- 民の心を得るにもまた道がある。
- 民が欲しているものを与え、求めていることを叶え、
民が嫌がっていることは決して押しつけてはならない。
- 民が欲しているものを与え、求めていることを叶え、
用語解説
用語 | 解説 |
---|---|
桀(けつ)・紂(ちゅう) | 夏と殷の最後の暴君。無道な政治で民を失い、王朝を滅ぼした象徴的存在。 |
得其民(とくそのたみ) | 民の支持・信頼を得ること。 |
得其心(とくそのこころ) | 民の共感・心情・納得を得ること。 |
所欲與之(ほっするところはこれをあたえ) | 人々が望んでいるものは、それを与える。 |
所惡勿施(にくむところはほどこすなかれ) | 人々が嫌がることは、絶対に押しつけてはならない。 |
全体の現代語訳(まとめ)
孟子はこう語った:
かつて夏の桀王や殷の紂王が天下を失ったのは、
民を失ったからであり、その民を失ったのは、民の心を失ったからである。
天下を得るには道がある。
民を得ることができれば、天下も自然に得られる。
民を得るにも道がある。
民の心をつかむことができれば、民は自ずから帰順する。
民の心を得る方法は明快である──
人々が欲しているものを与え、求めているものを提供し、
嫌がっていることは決して押しつけない。
それだけのことである。
解釈と現代的意義
この章句は、孟子の政治哲学における「民本主義(民を本とする思想)」を簡潔に表現したものです。
1. 政治(経営)の本質は「人の心を得ること」
- 国家を治める、企業を導く、チームを束ねる──その根本は信頼と共感である。
2. 支配ではなく“理解と応答”
- 民(部下・顧客・市民)は従わせるのではなく、彼らが本当に望んでいることに応えることで自然と集まる。
3. 「やってほしいことをやり、やめてほしいことをやめる」
- 複雑な戦略よりも、「当たり前のようで難しい、人の気持ちに寄り添う実践」が、社会や組織を支える。
ビジネスにおける解釈と適用
1. 顧客の「心」を得れば、自然と「市場」が得られる
- 顧客のニーズに真摯に応える企業は、価格競争に頼らずとも支持を得る。
- 不満・不便・違和感を押しつけていれば、必ず顧客は離れる。
2. 従業員の心を得ることが、組織運営の第一歩
- 「給料だけで働かせる」発想ではなく、働きやすさ・尊重・共感を提供することで、人は自発的に力を発揮する。
3. 変革は「上からの押しつけ」ではなく「共感の土壌」から始まる
- 強制的なルール導入よりも、メンバーが「それならやりたい」と思える設計が鍵。
ビジネス用心得タイトル
「“心を得る者”が天下を制す──求めに応じ、嫌を避ける、それが組織を動かす」
この章句は、現代の政治・ビジネス・教育すべてに共通する「人心掌握の道」を、非常にシンプルに、かつ深く示しています。
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