真の顧客を見定める重要性
K製作所は建築金物を製造するメーカーである。同社の製品は、建築金物問屋を経由して工事業者へと販売されていた。販売促進活動としては、問屋へのカタログ配布と定期的な訪問が中心だった。しかし、売上は伸び悩み、業績も低迷していた状況にあった。
私はこう考えた。「問屋だけをターゲットにしていては限界がある。問屋は工事業者にとって売れる商品でなければ仕入れない。だからこそ、工事業者に直接アプローチし、彼らのニーズを掴むことが必要だ」と。
しかし、返ってきた答えはこうだ。「うちは問屋と取引している以上、直接工事業者にアプローチするのは無理だ。そんなことをしたら、問屋の機嫌を損ねてしまう。」と言うのである。
問屋との協力体制の構築
私はこう説明した。「工事業者に直接販売しろと言っているのではない。そもそも、今のあなたの会社の体制では、それは現実的に不可能だ。取引はあくまで問屋を通じて行うべきだ。ただし、私が言いたいのは、工事業者に対して『当社ではこんな商品を揃えています。ぜひご注文を』と直接営業をかけることではない。それでは問屋を無視することになってしまう。」
そうではなく、まずは問屋が主体となって行うダイレクトメールの作成や発送を、あなたの会社が代行するところから始めるべきだ。問屋は多くの商品を取り扱っており、人手も限られている。そのため、本当はダイレクトメールをやりたいと思っていても、実際に手を動かす余裕がない。ましてや、あなたの会社の商品だけを特別にキャンペーンするような余力は、まず期待できないのが現実だ。
だからこそ、あなたの会社が問屋に代わってダイレクトメールを行うべきだ。カタログには問屋の社印を押し、問屋の社名が印刷された封筒を使う。そして、宛名の準備や発送の手配をすべてあなたの会社で行う。必要な費用はすべて自社で負担する。それによって、問屋を立てつつ工事業者へのアプローチを強化できる仕組みを作るのだ。
これを実現するには、まず問屋から得意先名簿を借りる必要がある。しかし、これが容易ではない。問屋にとって、名簿をメーカーに渡すことはリスクだ。彼らが恐れるのは、メーカーがその名簿を利用して直接販売を始めるのではないかという不安だ。こうした懸念は、問屋の防衛本能として当然のことであり、問屋側を責めることはできない。
だからこそ、趣旨を丁寧に説明し、絶対に直売はしないことを明確に約束する必要がある。この点は非常に重要であり、軽視してはいけない。説明は必ず社長や専務といった経営陣が直接、問屋の社長に対して行うべきだ。セールスマンに任せるのは避けるべきであり、経営トップ同士の信頼関係を築くことが、成功への鍵となる。
ダイレクトメールの効果を最大化するためには、最初の1か月以内に同じ内容のものを2回送ることが重要だ。これで確実に印象を残すことができる。その後は、年に1~2回程度のペースで十分だ。ただし、新商品の発売や特別なキャンペーン時には、追加で実施することを検討すべきだ。
次のステップとして、あなたの会社のセールスマンが工事業者を直接訪問する。ここでも重要なのは、必ず事前に問屋と相談し、了解を得ることだ。場合によっては、問屋の担当者と同行して訪問する形でも構わない。このようにして、問屋との信頼関係を保ちながら、工事業者へのアプローチを強化することを提案した。
ダイレクトメールを問屋の名前で発信することには非常に大きな意義がある。第一に、これが問屋自身に喜ばれる理由がある。問屋にとって、自社が扱う商品の宣伝が行われるだけでなく、自社そのもののブランドイメージを高める絶好の機会となるからだ。このように、問屋の視点に立った仕組みを作ることで、協力関係を強化することができる。
つまり、問屋にとっての主役は「自社の宣伝」であり、「特定メーカーの商品」はあくまで付随的なものだ。この視点を理解せずに問屋との関係を築こうとしても、うまくいくはずがない。この基本を押さえた上で、問屋を立てつつ協力を得る方法を模索する必要がある。
もう一つ重要なのは、工事業者へのアプローチの仕方だ。同じ工事業者に対して複数の問屋がK製作所の商品を売り込んでいる状況では、メーカー名で直接宣伝を行っても、特定の問屋の支援にはならない。むしろ、問屋の名前を前面に出して宣伝することで、どの問屋を通じても購入が可能であると工事業者に認識させつつ、問屋に対する配慮を示すことができる。同じ費用をかけるなら、問屋が喜ぶ形を取る方がはるかに得策である。
何よりも重要なのは、問屋を通じた販売では、問屋の顔を立てることが最優先されるべきだということだ。問屋との関係を尊重し、彼らの立場を支えることで、長期的な信頼と協力を築くことができる。この姿勢こそが、顧客第一主義の真髄を体現するものであり、問屋と顧客双方に満足をもたらす鍵となる。
さて、K製作所のその後の売上はどうなったかというと、人手不足の影響もあり、当初は思うようには進まなかった。しかし、それでも徐々に売上が伸び始め、一定の成果が見え始めた。その後、石油ショックが訪れ、売り手市場へと転じたことで、販促活動は一時的に中断を余儀なくされた。
石油ショック後の不況が訪れ、再び販促の必要性が高まった。今度こそ、本腰を入れて販促活動に取り組む時が来たのだ。そこで、私は再び気を引き締め、積極的に行動を促すための働きかけを行った。
特に工事業者への直接訪問を強く推奨した。人手不足の中でも何とかやりくりをして、まずは地元エリアから販促体制を立て直すことに決めた。担当者を明確に割り当て、問屋のセールスマンと同行しての販売活動をスタートさせた。その結果は驚くべきものだった。不況で低迷していた売上が、この地元エリアだけでわずか2か月の間に約20%増加するという成果を上げたのである。
こうした成果が出ると、問屋も大いに喜ぶようになる。そして、定期的に打ち合わせ会を開くといった取り決めが自然と成立する。問屋のセールスマンもやる気を出し、メーカーのセールスマンとの関係も一層親密になる。こうして、全体の士気が高まり、協力体制が強化されるという、良い循環が生まれるのだ。
この実績を踏まえ、さらに地元エリアの強化を図るとともに、新たに重点地区を設定し、この二つをターゲットに工事業者への直接アプローチを本格的に開始した。その結果、成果は次々と現れ始めた。売上が安定的に伸びる中で、K製作所は不況という逆風の中でも着実に業績を伸ばしていったのである。
K製作所の実例は、「真の顧客とは誰か」という問いに対して重要な教訓を与えてくれる。当初、K製作所は顧客を建築金物問屋だと考えていた。そのため、営業活動も問屋に対してのみ行われていた。しかし、冷静に状況を分析すると、問屋は工事業者が買わない商品を扱おうとはしない。つまり、「工事業者が求めない商品は、問屋にも売ることができない」という現実に気づいたのだ。この視点の転換が、販促戦略の再構築を促したのである。
そう考えると、どれだけ問屋を訪問して「我が社の商品を買ってくれ」と懇願しても、それは実質的に販売促進ではなく、ただの押し売りに過ぎないことになる。問屋が商品を仕入れるのは、それが工事業者に売れる見込みがある場合だけであり、その需要を無視して商品を押し付けようとするのは逆効果となる。
真の販売促進とは、工事業者に「買いたい」と思わせる活動を行うことだ。なぜなら、実際に購入するかどうかを決定するのは工事業者自身だからである。このように、最終的に購入の意思を決定する人を「購買決定者」と呼ぶ。そして、この購買決定者こそが、真の意味での顧客と言える。販売戦略を成功させるためには、この購買決定者にアプローチし、心を動かすことが必要不可欠だ。
K製作所の場合、購買決定者は工事業者であり、問屋は「購買行為者」に過ぎない。これはK製作所だけではなく、すべてのメーカーに当てはまることである。問屋は最終的な購入の意思を決定するわけではなく、実際の取引を行う役割を担っているだけだ。この購買決定者と購買行為者の違いを理解せず、問屋を対象に販促活動を行うのは、方向性を誤った行為と言わざるを得ない。メーカーの販促戦略は、真の購買決定者に焦点を当てて展開されるべきなのである。
購買決定者に焦点を当てた販促戦略
子供がマーケットに惣菜を買いに行くのは、母親の指示を受けての行動だ。つまり、その子供は「購買行為者」に過ぎない。そこで子供に向かって「坊っちゃん、今日はエビフライが特別サービスだよ」と売り込んだところで、「僕、ママに聞かないと分からない」と返されるだけだ。購買の意思決定をするのは母親、すなわち「購買決定者」であり、子供にどれだけ訴えても決定には影響しない。この例が示すように、購買行為者ではなく、購買決定者に直接働きかけることが重要なのである。
購買決定者は主婦であり、子供に売り込んでも意味がない。このような的外れなアプローチをする惣菜屋はほとんどいないだろう。しかし、多くのメーカーは同じような過ちを犯している。購買行為者に向けて無駄な販促活動を展開し、効果を上げられずに終わっているのだ。これはまったく愚かなことである。まず、自社の商品における購買決定者が誰なのかを明確にし、そこに直接アプローチすることが、本来あるべき正しい販売促進の姿である。
しかし、購買決定者が一般大衆の場合、訪問販売や通信販売を除けば、直接的に売り込むのは現実的ではない。そのような場合には、購買決定者に最も近い存在、つまり商品を実際に届ける役割を果たす小売店や工事業者をターゲットにするのが効果的だ。このように、購買決定者に間接的に影響を与えるポジションを狙うことで、効率的な販促活動を展開することができる。
さらに、例えば玄関の扉のような商品では、購買決定者が消費者(施主)であっても、実際には業者のすすめによって選択が決まるケースが多い。この場合、最終的に何が選ばれるかは、業者がどのような商品をすすめるかに大きく依存する。したがって、こうした状況では、購買決定者である消費者だけでなく、業者への働きかけが販売成功の鍵となる。業者に自社商品を推奨してもらうための戦略を重視する必要があるのだ。
業者がすすめない商品は、消費者が購入する可能性は極めて低い。つまり、この場合、表向きの購買決定者は消費者であっても、実際には業者が購買決定において大きな影響力を持っている。したがって、実質的な購買決定者は業者であるとみなすべきであり、販促活動もこの事実を前提に設計する必要がある。業者に自社商品を積極的にすすめてもらえるような仕組みづくりが不可欠だ。
問屋を活用した共同戦略の必要性
購買決定者に直接アプローチすることが重要だからといって、購買行為者である問屋を軽視するのは誤りだ。実際に購買決定者に接触するためのルートを作るのは、問屋という存在があるからこそ可能なのである。問屋は単なる中間業者ではなく、購買決定者との橋渡し役として重要な役割を果たしている。この関係を理解し、問屋との協力体制を大切にすることが、成功する販促活動の基盤となる。
メーカーにとっての購買決定者は、問屋にとっても同様に購買決定者である。この共通点を踏まえると、メーカーと問屋はそれぞれ独立して販促活動を行うのではなく、共同の顧客に対して協力し合い、連携した戦略を展開するのが最善である。メーカーと問屋が一体となり、顧客のニーズに応えるための作戦を練ることで、双方が利益を得られる効率的な販売体制を築くことができる。
メーカーが真の顧客を見誤り、「顧客は問屋だ」と思い込んで、問屋との間で価格交渉ばかりに終始している間は、真の意味での販売活動とは言えない。この姿勢では、購買決定者に届く価値あるアプローチが欠けてしまい、商品が本当に必要とされる場に到達しない。メーカーは、この点を深く理解し、購買決定者を明確に見定めた上で、問屋との連携を活用しながら効果的な販売戦略を構築する必要がある。
※大手はまず直接開拓して、その後、細かい販売は、問屋に任せる。
タイトル:真の顧客を見極め、購買決定者にアプローチせよ
マーケティングや営業活動において、「真の顧客」を見極めることは重要な戦略です。K製作所のケースから学べるのは、単に商品の流通経路の一部である「購買行為者」だけに注力するのではなく、「購買決定者」に対して効果的なプロモーションを行うことの重要性です。購買決定者こそが真の顧客であり、企業はその顧客に対して的確にアプローチする必要があります。
購買行為者と購買決定者の違い
企業は往々にして、流通の中間にいる問屋(購買行為者)に営業を集中しがちです。しかし、問屋が取り扱う商品は「最終的に誰が買うのか」を考慮しなければなりません。K製作所の場合、実際に購買を決定するのは問屋ではなく、商品を使用する工事業者でした。したがって、問屋に対する販促活動だけではなく、工事業者へのアプローチが必要でした。
購買決定者に向けた効果的な販促活動
購買決定者に直接アプローチするには、単に営業担当者を派遣するだけでなく、流通パートナーである問屋と協力して進めることが重要です。K製作所では、問屋の立場を尊重しつつ、ダイレクトメールや共同キャンペーンを行いました。具体的には、問屋名義で工事業者にカタログや情報を提供し、メーカーと問屋が一体となって工事業者へのアプローチを行いました。
購買決定者を理解した販売戦略の重要性
購買決定者を認識せずに販売活動を続けている企業では、顧客のニーズに的確に応えられず、結果として販売不振に陥りがちです。実際の購買決定者を正しく見極め、その顧客にアプローチすることで、K製作所は売上向上を実現しました。また、工事業者との信頼関係が強化されたことで、問屋との関係も円滑になり、安定した販売網が築かれたのです。
結論
「真の顧客とは誰か?」を正しく認識し、その購買決定者に対して適切な方法でアプローチすることが、企業の営業活動を成功に導く鍵となります。購買決定者を中心に据えた販売戦略こそ、企業の持続的成長を支える重要な要素です。
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