L社は、F県中央部にある小さな電話架設業者で、業績の悪化により八方塞がりの状況に陥っていました。過当競争や低利益率が影響し、メンテナンス業務さえも手間賃にもならない有様で、経営に行き詰まっていたのです。私はL社が本来の事業目的に立ち返り、顧客に誠意あるサービスを提供することの重要性を社長に提案しました。この一歩が、会社の方向性と事業の再構築を促すきっかけとなったのです。
L社の苦境と打開策
信頼獲得と事業の軌道修正
「事業所施設の総合サービス業」への再定義
事業の定義づけの重要性
成長と社員の意欲向上
新たな学びと明るい将来
定義づけがもたらす発展の道
L社は、F県中央部の小都市にある電話架設業者であった。業績が極度に悪化し、どのように対処すべきか全く見当がつかないという状況にあった。
激しい過当競争の中、頼みの綱である交換機の新設工事も、粗利益率が本来必要な30%に対し、わずか10%程度にしかならず、全く採算が取れない状況にあった。
残る業務は電話の架設とメンテナンスだが、架設料はわずかで、メンテナンスに至っては「それはサービス(つまり無料)ではないのか」と言われるほどの少額で、手間賃にもならない程度しか収益が得られないという。そのため、半年も放置しているメンテナンス依頼があるという状況で、まさに八方ふさがりの状態に陥っていた。
私の勧告は次のようなものであった。「このような状況に陥ったのは、すべてあなた自身が招いた結果である。あなたは事業家としての責任を果たしていない。半年もメンテナンス依頼を放置するとは無責任にもほどがある。お客様の要求に応えずして、何が行き詰まりか。メンテナンス料金が少額すぎると言うが、そもそもあなたの方で請求する姿勢が足りないのだ。(実際には事後に料金を請求しているとのことだった。)
料金は事前に見積書を提出し、折り合わなければ工事をせずに帰ればよい。これが取引というもので、料金を決めずに仕事をする方が問題だ。メンテナンス依頼があれば即座に出向き、事前に採算の取れる見積書を提示し、承認を得た上で誠意を持って工事を行うべきだ。メンテナンスの仕事が山ほどあるのだから、採算が取れない交換機の仕事など無理に受ける必要はない。」
とにかく、以上の方針に沿って業務を進め、状況を報告してほしいと伝えた。すると、それだけで事態は解決し、メンテナンス業務だけで十分やっていけるようになった。
それだけではなく、誠意のある仕事ぶりが顧客に評価され、「こんなに面倒見がいいなら、交換機もお願いしたい」という声が上がり、交換機の特命受注も来るようになった。その際の料金には30%のマージンが含まれていた。
事業はすっかり軌道に乗った。そこで、セールスマンにはきちんとした紺のブレザー、ワイシャツにネクタイという装いで臨ませ、自社から積極的に受注活動を開始した。
すると、不思議なことが起こった。電話機だけでなく、電卓などの事務機器や什器類、さらには消耗品からテレビに至るまで、「持ってきてほしい」という依頼が次々と舞い込むようになった。まるで便利屋のような状況である。
社長は混乱し始めた。「我が社の事業はいったい何なのだろうか」と考え込むようになったのだ。「何でも屋」では、どうにも情けない、という思いが湧き上がってきたのである。
L社の地元はローカルなエリアで市場の密度が低く、様々な面で不便が生じていた。そのため、事業所では什器類や用度品の調達も手間がかかり、L社のセールスマンに「ついでに頼む」という形でお願いするようになっていた。それをL社のセールスマンが「お客様サービス」という会社方針に従い対応してきた結果、便利屋的な役割が習慣化してしまったのだった。
私は社長にこう提案した。「もしそんなに気にかかるなら、一倉があなたの会社の事業を定義してみましょう。それは『事業所施設の総合サービス業』です。事業とは、お客様のニーズを満たすための活動です。電話機や交換機を購入してくださるお客様が、それ以外の什器や用度品も欲しいと言ってくださるのはありがたいことです。需要があるところに事業は成り立つのです。これらのサービスをすべて引き受けることが、あなたの会社の事業なのです。」
さらに、ワープロやパソコン、ファックスなどのOA機器、防火・防犯・警備保障、リフォーム、メンテナンス、給食、旅行、廃棄物処理といった様々なサービス分野がある。もちろん、そのすべてを一度に取り扱うわけにはいかないが、これらの中から新しい事業が生まれる可能性もあるだろう。「それらの可能性まで考えるのが、社長の役割というものです」と付け加えた。
「電話と交換機の架設業とだけ考えていたのでは、その枠に閉じこもってしまい、発展は望めません。『事業所施設の総合サービス業』と捉えてこそ、事業の成長と発展があるのです」。この言葉により、L社長のモヤモヤはすっかり晴れ渡った。
事業とは、各々が何らかの形でお客様へのサービスを提供するものである。そのサービスの本質を明確に表現したものこそが「事業の定義」である。
定義づけのメリットは、まずサービスの質が向上すること、そして次に、事業の幅が広がり深みが増すことである。この定義に照らして自社の事業を見直してみると、今行っている業務がその定義の意味するところのほんの一部に過ぎないことに気づくだろう。
L社の場合を見てみると、お客様に頼まれるままに用度品や什器、電話機を納めているだけでは、事務用品や什器、通信機器の販売業にとどまってしまい、「あなたの会社は何をやっているのか」と問われた際に明確な答えができないだろう。結果的に「何でも屋」や「便利屋」のような印象を与えてしまうことになる。
しかし、「事業所施設の総合サービス」と定義づけをした途端に、L社は便利屋ではなくなり、扱う商品の対象範囲が大きく広がる。それに伴い、リフォーム、メンテナンス、清掃といった「活動」も自然に事業の一部として加わってくる。この結果、事業の幅が広がり、深みも増し、これらの活動が無理なく事業に組み込まれるようになる。
便利屋とは大きく異なり、事業には骨格と肉付けが備わり、成長と繁栄への道筋が見えてくる。こうして、事業の「定義づけ」がいかに必要か、その重要性を実感するのである。
L社長は「我が社の事業」に対する認識をすっかり改め、自信を持つようになった。この自信が大きな推進力となり、中核である通信機事業が着実に成長を遂げ始めた。
占有率が高まるにつれて、これが自然と同業他社への無言の圧力となり、廃業する会社も現れた。その結果、その会社に勤めていた人々が「雇ってほしい」とL社を訪れるようになり、自然に増員が可能となった。この流れがさらに社員の志気を高め、職場の雰囲気も明るくなっていった。
この明るい職場の空気の中から、社員の間に新たな動きが生まれてきた。若手社員の一人が「パソコンの勉強をしたい。社業に絶対支障を出すことはしないので、手の空いた時間に同志と集まって研究をしたい」と、社長に許可を求めてきたのである。
社長は喜んでこれを許可した。新しい取り組みが、将来的に新規事業へと成長する可能性があるからである。数年前には行き詰まり、どうにもならなかった会社が、今では明るい将来を期待できる、活気と活動にあふれた会社へと生まれ変わったのだった。
この変化は、「お客様の要求を満たす」という会社本来の使命に気づき、事業の定義づけを行ったことで、発展への正しい道を見出した結果であった。
まとめ
L社は「事業所施設の総合サービス業」という新たな事業定義を通じて、顧客ニーズに応えることを再認識し、明確な成長戦略を確立することができました。事業の定義づけがもたらしたのは、単なる売上の回復にとどまらず、社員の士気向上や新たな取り組みの発芽でした。かつて行き詰まっていたL社は、今では将来の可能性に満ち、明るい未来へと踏み出した活力ある企業へと生まれ変わったのです。
L社が直面していた問題は、顧客ニーズに応じる姿勢が欠けていたことや、事業の定義が不明確であったために将来の発展が見えず、業績不振に陥っていたことにあります。ここでの重要なポイントは、「我社の事業は何か」という問いに対する明確な答えを見出すことが、事業発展の鍵であることです。L社のケースから学べる戦略的な考え方は以下の通りです。
1. 顧客ニーズに応える姿勢の確立
- 顧客のメンテナンス依頼を迅速に対応することは、信頼と満足を高める基本であり、依頼ごとに事前の見積もりを提示して了承を得ることが重要です。
- L社のように、依頼を後回しにしていた状態から、即時対応と誠意をもってサービスを提供する姿勢へと切り替えたことで、メンテナンスの需要を安定的に確保し、信頼を構築することができました。
2. 事業の再定義と拡張
- 当初、L社は「電話と交換機の架設業」と考えていましたが、これを「事業所施設の総合サービス業」と再定義することで、事業の幅が広がりました。
- 顧客からの多岐にわたるニーズ(事務用品や設備品、機器、消耗品など)に応じることで、L社は便利屋ではなく、事業所の様々なニーズに応える「総合サービス業」としての立場を確立しました。
- この定義づけによって、事業の範囲が広がり、リフォームや清掃、設備維持管理など、関連する活動を事業に組み込むことが可能になりました。
3. 事業の定義づけがもたらす効果
- 事業を明確に定義することで、サービスの質が向上し、社員の活動にも方向性が生まれます。
- 事業の定義がしっかりしていることで、社員の自発的な学習やスキル向上(例:パソコンの勉強をしたいという社員の声)を促し、将来の事業拡張の可能性も見えてきます。
- 明確な方向性を持つことで、他社との差別化が進み、業界内での占有率が上昇していきます。結果として、競合他社の廃業や新しい人材の確保にもつながり、組織全体の成長が加速します。
4. 顧客満足を基盤とした発展
- 顧客の要望に応じることで生まれる信頼は、他の関連商品の注文につながり、新しい収益源をもたらします。
- L社は「事業所施設の総合サービス業」として、通信機器やOA機器などの中心商品を基盤に、顧客のあらゆる要望に応じるサービス体制を確立することで、強固な顧客基盤と安定した事業構造を実現しました。
L社の事例は、「我社の事業は何か」という問いに対し、顧客ニーズに根ざした柔軟な事業定義を行うことの重要性を示しています。会社の目的を再認識し、顧客サービスに徹することで、社内の活力や事業拡大の機会が生まれることを実証しています。
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