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社長は何をする人ぞ

「社長は何をすべきなんでしょうか」。初めて顔を合わせたS社長から、突然こんな問いを投げかけられた。S社長は、約1年前に現会長から指名されて社長に就任し、それ以来がむしゃらに走り続けてきた。しかし、会社には多額の累積赤字がのしかかり、資金繰りは極限状態にまで追い込まれている。

さらに、半年ほど前に現会長が経営していた別の会社が倒産した。その影響で、会長が同一人物であることを理由に、銀行からS社に対してその負債を肩代わりするよう求められた。負債額はS社の月商の三倍にも達し、状況は一層深刻さを増している。

事情が事情なだけに、金利は免除され、一年間の据え置きが認められている。そのため、現時点では資金繰りに直接的な影響は出ていない。しかし、一年後にはこの返済が始まることが確定しており、さらなる負担が避けられない状況だ。

現在のS社でさえ業績向上の見通しが立たない中、来年の返済を思うと焦燥感に駆られる。この状況で社長として何を考え、どのように行動すべきなのか――それがS社長の問いの本質だった。

こんな質問に即答できるわけがない。試しに会社の数字に関していくつか問いを投げかけてみたが、社長は答えに詰まる。そこでこう言った。「社長自身が会社の数字を把握していないまま動いても、それはただ迷走しているだけにすぎない。まずは数字を正確に把握すること。そして何より、現在の会社を黒字化するための具体的な方策を立てることが必要だ。それこそが、今の社長に求められる最優先の課題だ」。

さらに続けてこう伝えた。「社長という立場で『数字に弱い』などと言い訳をしている場合ではない。数字(金)を把握し、それを使いこなし、新たな数字を生み出すことこそが社長の役割だ。もし数字がわからないのであれば、学ぶしかない。ただし、簿記や会計の知識を学んだところで、それは基礎に過ぎず、それだけでは十分ではない。もし希望するなら、数字を生み出すための具体的な支援をお手伝いしよう」。こうして、S社の支援が始まったのだった。

会社の最高責任者である社長は、会社の存続と発展のために、あらゆる選択肢を検討し、その中から最善の方策を自らの意志で決断する責務を負っている。

そのためには、まず「必要な利益」ではなく、社長自身が「欲しい利益」を明確に設定することが重要だ。その上で、その利益を達成するために必要な条件を洗い出し、さらにその条件を実現するための具体的な方法を徹底的に考え抜く必要がある。それは簡単なことではなく、まさに難行苦行の連続となる。しかし、この過程を甘受し、実行に移さなければならないのが社長という存在なのだ。

S社長と私、二人だけでこの作業に取り組んだ。私が投げかける質問に対し、S社長は異常なまでの熱意で解答を見つけ出していった。そのひたむきな努力には、ただただ頭が下がる思いだった。

S社長の努力は、ついに経営計画書という形で明文化された。その後、幹部を集めて説明会が開かれた。しかし、その場では幹部たちから強い反論が噴出した。原因は、社長の説明が要領を得ず、計画の意図や具体性が十分に伝わらなかったことにあった。

社員たちは「こんなのは絵に描いた餅だ」と切り捨てた。「いくら立派な数字を並べたところで、現実がそんなにうまくいくはずがない。数字遊びに付き合うつもりはない」との声が上がり、計画に対する強い不信感が露わになった。

そこで私が立ち上がり、補足説明を行った。「ここに挙げられている数字は、将来こうなるという予測ではない。この数字が意味するのは、社長が目指す利益を実現するためには『これだけの成果を達成しなければならない』という指標だ。つまり、これは目標であり、その実現に向けて私たちが何をすべきかを明確にするためのものだ」と説明した。

「そして、この数字を実現するためには、こうした方策を取らなければならない、という意味だ。ただし、この方策を実行したからといって、必ずしも数字が実現される保証はない。しかし同時に、実現不可能だという保証もどこにもない。重要なのは、この数字を目標として掲げ、それを達成するために全社員が一丸となって努力を重ねることだ。それが、この経営計画の本質だ」と続けた。

「そのための考え方と行動の指針となるのが、この数字だ。この数字に対して批判があるのは理解できる。しかし、批判だけでは何も解決しないし、状況は改善されない。重要なのは、この数字を基に何をすべきかを考え、具体的に行動に移すことだ」と強調した。

「批判は批判として受け止める。しかし、ひとつ提案したい。この数字を実現するために、まずは社長が打ち出した方策に沿って全力を尽くしてみてほしい。結果がどうなるかはわからないが、できる限りの努力をした上で、あとは『人事を尽くして天命を待つ』という姿勢で挑むしかないのだ」と、必死に説得を試みた。

その説得が功を奏し、目標に対する直接的な批判は収まった。しかし、それが完全な納得に至ったわけではなかった。どこか煮え切らない、中途半端な雰囲気が残るまま、説明会は幕を閉じた。

「このような結果になった原因は、社長の説明が不十分だったことにある。自分では理解しているつもりでも、それを伝える方法が悪ければ、社員を納得させることはできない。社員を説得できなければ、思い通りに動いてもらえるはずがない。それは、社員に自分の考えを伝えることができない社長自身の責任だ。社長たるもの、『どうも僕は話が下手で』などと言い訳をして済ませるべきではない。話が下手なのであれば、上手になるよう努力するのが当然ではないか」と、社長に苦言を呈した。

こうして、S社の「目標による経営」(目標による管理ではない)がスタートした。毎月の定例経営会議では、目標と実績が比較・検討される仕組みが導入された。三カ月、四カ月と時間が経つうちに、幹部社員の態度に変化が現れ始めた。「目標」という言葉が彼らの口から自然と出るようになり、数カ月先の状況を見通して議論を行い、その結果に基づいて対策が立案されるようになった。そして、それらの対策が実際の行動として実行に移されるようになったのである。

こうなればもう成功への道筋は見えたも同然だ。全社員が目標指向になり、会社全体のムードが一変した。社長自身も次第に自信を持つようになり、自社の状況を的確に把握できるようになった。銀行に赴いても、具体的な数字を挙げて経営状況を説明できるようになり、その姿勢に銀行も驚きつつ、会社への信用が格段に増していったのである。

「ボーナスも、これまでは会社の状況がさっぱり分からなかったため、とにかく控えめに控えめにとしか考えられなかった。しかし今回は、どうすればどうなるかがしっかり把握できているので、安心して昨年より多く支給することができた。これが社員たちを大いに喜ばせ、さらにやる気を引き出した。いいこと尽くしですよ」と、社長は満面の笑みを浮かべて語った。

こうして、上昇ムードの中で一年が過ぎた。幸運にも客観的な状況もS社に有利に働き(万博景気)、その年の決算では、なんと従業員一人当たり90万円の経常利益を叩き出す結果となった。確かに、万博景気の追い風があったにせよ、昨年まで赤字に喘いでいたボロボロの会社が、これほどの高業績を上げたのは、まさに社長の経営方針が劇的に変わったからだ。もし社長自身が変わらず、従来通りの経営を続けていたとしたら、たとえ外部環境が好転していたとしても、これほどの成果を手にすることは到底不可能だっただろう。

年が明けると、S社長から新年宴会への招待が届いた。そこで私は「社長、たった一度の高業績で新年宴会などと浮かれてはいけませんよ」と遠慮なく釘を刺した。するとS社長は笑いながらも真剣な表情で答えた。

「一倉さん、とんでもない。そんな浮ついた気持ちではありません。昨年、社員たちには本当に苦労をかけました。そして今年は、昨年以上に厳しい努力をお願いしなければなりません。この宴会は、昨年の労をねぎらい、今年も一丸となって頑張ろうとお願いするためのささやかな場です。ぜひ出席していただきたい。社員たちも一倉さんのご出席を心待ちにしていますから」。

その熱意ある言葉に、私も心を打たれ、喜んで宴会に出席することにした。

宴会が始まるまでの雑談の中で、私の隣に座っていた営業部長が話しかけてきた。「この一年間、本当に目標、目標の連続でした。一日たりとも目標のことを考えない日はなかったですね。おかげさまで、営業部長としての責任を果たすことはできましたが、お得意様から『お前、人相が変わったな』なんて言われましたよ」と苦笑しながら語った。その言葉には、苦労とともに達成感も滲み出ていた。

この一年間、営業部長の懸命な努力によって、S社は業界内での地位をしっかりと固めることができた。しかし、こんなに立派な営業部長も、かつては社長から明確な目標が示されていなかったため、その潜在的な力を十分に発揮することはできなかったのである。目標を持つことが、いかに人を変え、組織の力を引き出すかを実感させられる出来事だった。

この一年間、営業部長の懸命な努力によって、S社は業界内での地位をしっかりと固めることができた。しかし、こんなに立派な営業部長も、かつては社長から明確な目標が示されていなかったため、その潜在的な力を十分に発揮することはできなかったのである。目標を持つことが、いかに人を変え、組織の力を引き出すかを実感させられる出来事だった。

立派な営業部長の話に加え、もう一つ私を深く感銘させる出来事がその後に起こった。製造部門のある課長が工場長のもとを訪れ、「私の課では、明日から残業をすることにしました」と自発的に報告したのだ。それに対して工場長は、「残業するのは構わないが、風邪をひかないように気をつけてくれ」と穏やかに答えた。そのやり取りには、目標の共有によって現場が主体性を持ち始めたこと、そして現場全体に温かい信頼関係が築かれていることが見て取れた。

さらに工場長は私にこう語った。「以前は、部下に残業をさせるために説得するのが一苦労でした。しかし今では、部下たちが自ら進んで残業に取り組むようになりました。むしろ、あまり無理をさせないように、手綱を引き締めることのほうが大変です」と笑みを浮かべながら話した。その言葉に、現場の意識とやる気が確実に変わったことを感じた。この宴会の酒は、実に格別の味わいだった。

S社長はすっかり自信を深め、その思いを私にこう語った。「社長とは何をする人か、ようやく分かりました。社長の役目は、自分の意思と責任で会社の目標を決め、それを部下に明確に示すことから始まるのですね。そして、その目標を具体的に経営計画として明文化することは、社員に行動の基準を与えるだけでなく、同時に社長自身が何をすべきかを明確に教えてくれるものなのだと気づきました」。

S社長の視野を開かせ、彼を変えたのは、他ならぬ経営計画そのものだったのだ。

この章では、社長の役割について重要な学びがあります。特に、経営の方向性を自ら設定し、その方針を社員に示して共に進むという、社長の「目標を示す力」がいかに企業の成長に直結するかが語られています。S社長も、はじめは数字の扱いや経営の目標設定に不安を抱えていましたが、計画を明文化し、具体的な目標を定めることで、次第に社員が一丸となり、会社の雰囲気も変わっていきました。

社長として求められるのは、企業が進むべき目標を決め、その目標に向かってどのような行動が必要かを明確にし、全社員がその方向に努力を重ねられるように導く力です。S社長が経験したように、目標があれば社員一人ひとりが自発的に動き始め、責任を感じて取り組むようになります。会社全体が目標指向になると、日々の業務も意義深いものへと変わり、成果も現れるのです。

最終的に、S社長が「社長とは何をする人か」を理解したように、社長の役割は「会社の目標を定め、それに基づく行動の基準を示し、全社員を導くこと」です。経営計画の力によって、社長自身もまたその目標に支えられ、自信を持って舵を取ることができるのです。

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