■引用原文(書き下し文付き)
原文:
所謂平天下在治其国者、
上老老而民興孝、上長長而民興弟、上恤孤而民不倍、
是以君子有絜矩之道也。
所悪於上、毋以使下、所悪於下、毋以事上、
所悪於前、毋以先後、所悪於後、毋以従前、
所悪於右、毋以交於左、所悪於左、毋以交於右、
此之謂絜矩之道。
書き下し文:
いわゆる「天下を平らかにするはその国を治むるに在り」とは、
上にある者が老を老として敬えば、民は孝に興り、
上が長を長として敬えば、民は悌に興り、
上が孤を恤(あわれ)めば、民は背かずに和する。
ゆえに、君子には「絜矩(けっく)の道」がある。
自らが上に対して嫌だと思うことを、下にはさせず、
下について嫌だと思うことを、上に対してしてはならない。
前の人に対して嫌だと思うことを、後ろの人にするなかれ、
後ろの人について嫌だと思うことを、前の人にするなかれ。
右について嫌だと思うことを、左に対してするなかれ、
左について嫌だと思うことを、右に対してするなかれ。
これを、「絜矩の道」という。
(『礼記』大学 第六章 第一節)
■逐語訳(一文ずつ)
- 「世界を平和にするには、その国をまず治めることだ」という言葉の意味は、
- 上に立つ人が老人を敬えば、人々も親孝行を大切にし、
- 年長者を敬えば、人々も兄弟姉妹に敬意を持ち、
- 孤児や弱者をあわれめば、人々も離れず互いに助け合う。
- だからこそ、君子は「絜矩の道」という自己規準をもつ。
- 自分が上司からされて嫌なことは、部下にしてはならない。
- 自分が部下からされて嫌なことは、上司にしてはならない。
- 前の人にされて嫌なことは、後ろの人にしてはならない。
- 後ろの人にされて嫌なことは、前の人にしてはならない。
- 右の人にされて嫌なことは、左の人にしてはならない。
- 左の人にされて嫌なことは、右の人にしてはならない。
- これこそが、「絜矩の道(自分を定規にして物事をはかる生き方)」である。
■用語解説
- 平天下(へいてんか):世界を安定・平和に保つこと。儒教的政治理想。
- 治国(ちこく):国家を正しく統治すること。
- 老老・長長・恤孤:老人への敬愛、年長者への尊重、孤児など弱者への配慮。社会秩序の礎。
- 倍(そむ)く:ばらばらになること。民が離反しない状態が「不倍」。
- 絜矩(けっく):「絜」は計る・量る、「矩」は定規。自分を規準として他人を推し量る思いやりの原理。「恕」の実践形。
■全体の現代語訳(まとめ)
世界を平和にするには、まずその国を治めることであり、国を治めるにはリーダーが道徳の模範となることが大切である。
君主が年長者や弱者を大切にすれば、民もその徳を受けて、孝行や友愛、思いやりを育む。
そうした道徳的影響力を広げるために、君子(リーダー)は「絜矩の道」を実践する。
それは、「自分がされて嫌なことを他人にしない」という原則に基づき、自らの感じ方を基準にして公正に他人に接する姿勢である。
■解釈と現代的意義
この章は、リーダーの徳の影響力と、**公正の原理としての「自己基準の他者配慮」**の大切さを説いています。
つまり、自分がされて不快なことを、地位や役割にかかわらず他人にしてはならないという 「恕(じょ)」の拡張実践版 が「絜矩の道」です。
現代社会では、ハラスメント・パワーバランス・無意識の偏見などに敏感である必要がありますが、この「絜矩の道」はそれらに対する最も基本的な倫理的思考を提供してくれます。
■ビジネスにおける解釈と適用
観点 | 適用例 |
---|---|
リーダーシップ | 上司が率先して敬意・思いやり・配慮を行えば、部下にもその文化が広がる。「上の徳が下に及ぶ」原理。 |
職場文化の醸成 | 「自分だったらどう思うか」を基準に制度・ルール・マネジメントを考えると、理不尽や反発が減る。 |
フィードバックの姿勢 | 言葉や態度の押しつけではなく、「自分が言われて納得できるか」を常に内省することが信頼につながる。 |
エンパシーの実践 | 感情移入の前に「自分の感覚をはかりとして、他人の立場を想像する」ことで、共感と配慮が具体化される。 |
■心得まとめ(ビジネス指針)
「人にすることは、まず自分に問え」
公平さとは、規則や評価の中にあるのではなく、「自分の感じ方を物差しにする誠実さ」にある。
それが組織を平和にし、社会を安定させる原点となる。
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