「利益よりも道理──“仁義”が組織を持続させる礎となる」
孟子は、戦国の雄・梁の恵王に対して真っ向から「仁義」の重要性を説いた。
恵王は孟子に「遠路はるばる来たからには、我が国に何か利益をもたらしてくれるのだろう」と尋ねた。
しかし孟子は即座にそれを否定する。「どうして利益ばかりを口にするのですか。ただ、仁義だけを行えばよいのです」と。
孟子がここで言いたかったのは、国を治める者が利害打算ばかりを考えるのではなく、まず人を思いやる「仁」と、正義を貫く「義」を根本とせよ、ということだ。
利益はあくまで結果にすぎず、それを直接追えば本質を見失う。
これは現代のリーダーシップや経営にも通じる教訓である。
この心得の位置づけ
この章は『孟子』の最初の一節であり、孟子が最も伝えたかった信念、「仁義に生きよ」が明快に現れている部分である。
相手が王であっても自説を貫く孟子の姿勢は、単なる思想家にとどまらず、行動する哲人としての存在感を示しています。
このエピソードは吉田松陰のような志士たちにも強い影響を与え、「結果ではなく道理を重んじよ」という精神は、時代を超えて現代にも力強い示唆を与えてくれる。
原文
見梁惠王。
王曰、「叟、不遠千里而來、亦將以利吾國乎?」
孟子對曰、「王何必曰利?亦有仁義而已矣。」
書き下し文(ふりがな付き)
孟子(もうし)、梁(りょう)の恵王(けいおう)に見(まみ)ゆ。
王(おう)曰(いわ)く、叟(そう)、千里(せんり)を遠(とお)しとせずして来(きた)る。亦(また)将(まさ)に以(もっ)て吾(わ)が国(くに)を利(り)する有(あ)らんとするか。
孟子対(こた)えて曰(いわ)く、王(おう)何(なん)ぞ必(かなら)ずしも利(り)と曰(い)わん。亦(ただ)仁義(じんぎ)有(あ)るのみ。
現代語訳(逐語・一文ずつ訳)
- 「孟子(もうし)、梁(りょう)の恵王(けいおう)に見(まみ)ゆ。」
→ 孟子は梁の恵王に謁見した。 - 「王(おう)曰(いわ)く、叟(そう)、千里(せんり)を遠(とお)しとせずして来(きた)る。亦(また)将(まさ)に以(もっ)て吾(わ)が国(くに)を利(り)する有(あ)らんとするか。」
→ 王が言った。「年老いた者よ(※叟)、千里もの道のりを遠いともせずにやって来たのは、我が国を利する(もうけさせる)ためであろうか?」 - 「孟子対(こた)えて曰(いわ)く、王(おう)何(なん)ぞ必(かなら)ずしも利(り)と曰(い)わん。亦(ただ)仁義(じんぎ)有(あ)るのみ。」
→ 孟子が答えて言った。「王よ、なぜ必ず“利”と言われるのですか?大切なのは“仁と義”に尽きるのです。」
全体の現代語訳(まとめ)
孟子は、梁の恵王に謁見した。
恵王は言った。「先生は遠路はるばるお越しになったが、それは我が国に利益をもたらしてくれるためだろうか?」
孟子は答えた。「王よ、なぜ“利”を第一に求めるのですか?国を治めるうえで大切なのは、仁と義なのです。」
用語解説
- 仁(じん)…人への思いやり、愛。孔子が理想とした人格。
- 義(ぎ)…道理や正義。自分の利益ではなく、正しいことを選ぶ姿勢。
- 利(り)…物質的な利益や国益。孟子はこれを否定したのではなく、優先順位の問題として「仁義」に重きを置いた。
- 亦(また)…「あなたもまた」と訳す場合もあるが、ここでは「ただ」「単に」と解する読みもある。
- 叟(そう):年老いた者。ここでは孟子自身の謙称として用いられる。
- 千里を遠しとせず:非常に遠い距離を問題とせず。熱意を込めて来訪したことを示す。
- 亦将に〜か:ひょっとして〜するつもりか、の意。婉曲な問いかけ。
- 仁義(じんぎ):仁は思いやり・人間愛、義は正義・道理にかなう行為。儒家が重視する道徳的価値。
解釈と現代的意義
この章句は、政治の根幹は“利益”ではなく、“道徳(仁義)”にあるという孟子の基本的立場を明確に示している。
儒家思想では、短期的な損得よりも、人倫・社会秩序を維持する道徳が国家や社会の安定につながると考える。
孟子は王の「利(もうけ)」という問いに即座に反応し、「仁義」こそ政治の基盤であると諭した。
このやりとりは、モラルを犠牲にして成果を求める姿勢への批判とも受け取れる。
ビジネスにおける解釈と適用(個別解説付き)
- 「利益優先」思考の限界と危うさ
現代ビジネスでは成果や数字が重視されがちだが、利潤だけを追求する姿勢は、社員の士気や顧客との信頼を損なう。
孟子の主張は、“人としての道理”が企業文化やブランド価値を支えるという視点を提供してくれる。 - 「仁義=持続可能な経営資本」
“仁”は従業員や顧客への思いやり、“義”は倫理的な判断・正義。
これらを無視した利益追求は、長期的には企業の衰退を招く。ESGやサステナビリティの概念にも通ずる。 - リーダーへの教訓:「何をもって国(組織)を導くか」
組織のトップが「売上が上がればいい」「コストが減ればいい」といった“利”ばかりを語ると、部下も同じ価値観に染まる。
リーダーが「仁義」を語り、実行することで、組織文化は持続可能で信頼されるものに変わる。
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