孟子は、国を正しく治めるために不可欠な三つの柱を示している。
それはすなわち、仁賢(=徳と才を備えた人材)を信じて用いること、礼義(=社会の規律)を尊重すること、そして政事(=政治と政策)を機能させることである。
一つ目に、仁者・賢者を登用しなければ、国に人材がいなくなり、国は「虚=中身のない器」となってしまう。
二つ目に、礼義が失われれば、上下(=君臣・親子・年長年少)の秩序が乱れ、社会そのものが混沌とする。
三つ目に、政事――すなわち政策や制度の運営がなされなければ、財用(=財政や経済)が立ちゆかなくなる。
この三つは、精神・社会・経済の三層構造に関わるものであり、どれが欠けても国は成立しない。
孟子は「道徳」「制度」「運営」の全てが揃ってこそ、国家は豊かで安定すると明言している。
引用(ふりがな付き)
「孟子(もうし)曰(いわ)く、仁賢(じんけん)を信(しん)ぜざれば、則(すなわ)ち国(くに)空虚(くうきょ)なり。礼義(れいぎ)無(な)ければ、則(すなわ)ち上下(じょうげ)乱(みだ)る。政事(せいじ)無(な)ければ、則(すなわ)ち財用(ざいよう)足(た)らず」
注釈
- 仁賢(じんけん)…仁徳ある賢者。道徳と能力を備えた人物。
- 信ず(しんず)…信頼し、任用すること。
- 空虚(くうきょ)…中身のない状態。ここでは国家の実質が失われること。
- 礼義(れいぎ)…礼儀・規範・秩序の原理。
- 上下(じょうげ)…身分や立場、役割の上下関係。社会秩序を意味する。
- 政事(せいじ)…政策や行政のこと。政治の実務。
- 財用(ざいよう)…財政、経費、経済的な運営資源。
1. 原文
孟子曰、不信仁賢、則國虛;無禮義、則上下亂;無政事、則財用不足。
2. 書き下し文
孟子(もうし)曰(いわ)く、仁賢(じんけん)を信(しん)ぜざれば、則(すなわ)ち国(くに)空虚(くうきょ)なり。
礼義(れいぎ)無(な)ければ、則ち上下(じょうげ)乱(みだ)る。
政事(せいじ)無ければ、則ち財用(ざいよう)足(た)らず。
3. 現代語訳(逐語/一文ずつ訳)
- 不信仁賢、則國虛。
→ 仁徳と賢才ある人物を信じない国は、やがて中身のない空虚な国となる。 - 無禮義、則上下亂。
→ 礼儀や道義がなければ、上に立つ者と下に仕える者との秩序が乱れる。 - 無政事、則財用不足。
→ 政治や行政がきちんと行われていなければ、国家の財政も物資も不足する。
4. 用語解説
- 仁賢(じんけん):仁徳と賢さを備えた人物。政治における理想のリーダーや有能な人材。
- 信ず(しんず):信頼し、起用すること。政治において重用する意味も含む。
- 国虛(くにむな)し):国家が空虚、形ばかりで実体がなくなる状態。
- 礼義(れいぎ):儒教における人間関係の秩序を保つ基本的道徳。礼=形式、義=内面の正義。
- 上下(じょうげ):統治者と被治者、支配層と民衆。
- 政事(せいじ):行政・政策・政治的実務全般。
- 財用(ざいよう):財政と物資、経済的な運営資源。
5. 全体の現代語訳(まとめ)
孟子はこう言った:
「仁徳と賢さを備えた人材を信じず重用しなければ、国家は空虚になる。
礼儀と道義がなければ、支配する者と支配される者との関係が乱れる。
政治や行政がなければ、財政や物資はすぐに不足する。」
6. 解釈と現代的意義
この章句は、国家や組織の持続的な安定と繁栄には、「信・礼・政」の三本柱が必要であるという孟子の基本思想を表しています。
孟子が語る順序は極めて論理的です:
- 信(信任):信頼に値する人物を見抜き、起用することがまず必要。
- 礼義(秩序):組織内の秩序を保つためには、行動様式と倫理観が不可欠。
- 政事(実務):理想と秩序を具体化するには、制度設計と実行力が必要。
これらが欠ければ、いくら富があっても国家も組織も持続しないと孟子は断言しています。
7. ビジネスにおける解釈と適用
「人材を信じ、任せることが、組織の土台」
- 優秀な社員を疑い、形式やポストに固執していては組織が空洞化する。
- 仁賢=誠実で能力ある人物を見抜き、現場で裁量を与えることが繁栄の鍵。
「礼儀とルールが、組織の秩序を保つ」
- フラットな組織でも、最低限の礼儀・義理・筋道がなければカオスになる。
- 上司の尊重、同僚との敬意ある関係が、風通しの良さと秩序の両立を生む。
「理念だけでなく、“運営力”がなければ崩壊する」
- 理想や人材が揃っていても、行政機能(業務設計・マネジメント)がなければ資源は枯渇する。
- 組織は、「人材 × 文化 × オペレーション」の三位一体で成り立つ。
8. ビジネス用心得タイトル
「信・礼・政──“人と秩序と運営”が組織を支える三本柱」
この章句は、孟子が国家運営に必要とした原則を、現代の組織や企業にそのまま適用できる示唆に富んだ言葉です。
「理念先行」「人材軽視」「制度疲弊」のいずれかに陥ったとき、この言葉を指針に原点回帰することができます。
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