人が心から敬い、語り継ぐのは、財ではなく徳である。
孔子は、『詩経』の一節――
「誠に富を以てせず。亦た祇(ただ)だ異を以てするのみ」――を引きながら、
本当の評価は“富の大きさ”ではなく、“徳の高さ”によって決まるのだと語った。
斉の景公は、千駟(馬4,000頭)という莫大な富を持っていたが、死後、その徳を讃える者はいなかった。
一方、伯夷(はくい)・叔斉(しゅくせい)は、志を曲げず首陽山に隠れて餓死したにもかかわらず、
その清らかな精神は、今なお人々に語り継がれている。
孔子はここに、何が人の「本当の価値」を決めるのかを見ていた。
富は死とともに消えるが、徳は人の記憶とともに生き続ける。
【原文引用(ふりがな付き)】
「孔子(こうし)曰(い)わく、詩(し)に曰(い)わく、『誠(まこと)に富(と)を以(もっ)てせず。亦(また)ただ異(い)を以てするのみ』と。斉(せい)の景公(けいこう)には馬(うま)千駟(せんし)有(あ)り。死(し)するの日(ひ)、民(たみ)、徳(とく)として称(しょう)する無し。伯夷(はくい)、叔斉(しゅくせい)は首陽(しゅよう)の下(もと)に餓(う)う。民、今(いま)に到(いた)るまで之(これ)を称す。其(そ)れ斯(こ)れ之(これ)を謂(い)うか。」
【現代語訳・主旨】
『詩経』にこうある:
「富があるからといって、それがその人の価値ではない。
人々が敬い称えるのは、その人に特別な徳があるからだ。」
斉の景公は、非常な富を持っていたが、死後にその徳を称えられたことはない。
伯夷と叔斉は志を曲げずに餓死したが、その精神は今も語り継がれている。
本当の価値は、富ではなく徳。
人々の記憶に残るのは、その人が「どう生きたか」である。
【注釈】
- 「詩に曰く…」:『詩経』の引用部分。「富があるだけでは尊敬されない。徳のある人が本当に評価される」という意。
- 「千駟(せんし)」:馬4,000頭。古代中国では莫大な富の象徴。
- 「伯夷・叔斉」:殷(いん)から周への王朝交代に際し、義に背くことを嫌って隠棲・餓死した兄弟。清廉・高徳の象徴とされる。
- 「首陽山(しゅようさん)」:彼らが隠れて餓死したとされる山。
- 「斯之謂與(これこれのいいや)」:「まさにこのことを言っているのだろう」の意。
原文:
齊景公有馬千駟、死之日、民無德而稱焉。
伯夷叔齊餓於首陽之下、民到于今稱之。
其斯之謂與。
書き下し文:
斉の景公(けいこう)には馬千駟(せんし)有り。死するの日、民、徳として称(たた)うる無し。
伯夷(はくい)、叔斉(しゅくせい)は首陽(しゅよう)の下に餓(う)う。民、今に到るまで之(これ)を称す。
其(そ)れ斯(これ)を之の謂(いい)か。
現代語訳(逐語/一文ずつ訳):
- 斉の景公は千駟(=馬4頭立ての馬車が1000台)を持つほどの富豪であった。
- しかし彼が死んだとき、民衆の誰も彼の徳を称えることはなかった。
- 一方、伯夷と叔斉は、首陽山のふもとで餓死したにもかかわらず、
- 民衆は今に至るまで彼らの名を称えている。
- (孔子は)言う、「まさにこのことこそが“徳によって称えられる”ということなのだ。」
用語解説:
- 斉景公(せいけいこう):春秋時代・斉国の君主。物質的な富を有していたが、徳には乏しかったとされる。
- 千駟(せんし):四頭立ての馬車千台分、当時としては計り知れない富を表す。
- 伯夷・叔斉(はくい・しゅくせい):殷周革命の際、節義を貫いて周の禄を食すことを拒み、首陽山で餓死した高潔な兄弟。
- 首陽之下(しゅようのした):現在の中国・陝西省付近にある首陽山。彼らが隠棲・餓死したと伝えられる場所。
- 其斯之謂與(それこれをこれのいいというか):まさにこれが「人の真価は徳にある」という意味なのではないか、という反語的確認。
全体の現代語訳(まとめ):
斉の景公は莫大な財産を持っていたが、死んでも人々に徳を称えられることはなかった。
それに対して、伯夷と叔斉は、飢えて死ぬほど貧しかったにもかかわらず、
その節義と志は時代を超えて今もなお人々に称賛されている。
孔子はこう言う──「まさにこれこそが、“人の価値は財ではなく徳にある”ということの証ではないか」。
解釈と現代的意義:
この章句は、**「人の真価は財ではなく徳によって決まる」**という道徳的核心を、歴史的な具体例を通じて語っています。
- 富を誇っても、民から称賛されなければ空虚である。
- 節義を貫いた人の名は、たとえ餓死しても後世に残る。
- 見せかけの成功よりも、「信念ある生き方」が人々の記憶に残る。
これは、現代にも通じる「名より実を取れ」「誠実に生きることが最も永続的な価値」というメッセージです。
ビジネスにおける解釈と適用:
1. 「“資産”より“人格”が評価を決める」
どれだけの資産や実績があっても、最後に人々が語るのは「その人がどんな人物だったか」。
ブランドや売上より、「信頼・誠実・志」が最終的な価値を決める。
2. 「リーダーの“死後の評価”が真の評価」
在任中は権力や役職で影響力を持てるが、本当の評価は、いなくなってから語られる“徳の記憶”にある。
その意味で、「今なにを遺しているか」を日々自問するべきである。
3. 「節義ある判断が、企業と人を永続させる」
法令順守や倫理判断で迷ったとき、短期の損得ではなく、「後に誇れる選択か」を軸に考えること。
伯夷・叔斉のように“自ら損をしても志を通す”精神が、ブランドの本質となる。
ビジネス用の心得タイトル:
「徳なき富は、称賛を得ず──人は“何を持ったか”より“どう生きたか”で覚えられる」
この章句は、「道徳的リーダーシップ」「企業の社会的信頼」「死後評価(レガシー)」といったテーマにおいて、
深い示唆を与える非常に重みある内容です。
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