― 天命を盾にして欲望を正当化してはならない
燕(えん)の国を討って勝利した斉(せい)の宣王は、孟子にこう問うた。
「ある者は『燕を取ってはならない』と言い、ある者は『取るべきだ』と言う。
万乗(ばんじょう)の大国である我が国が、同じく万乗の燕を、わずか五十日で攻め落とした。
これは人の力だけでできることではない。
この天の加護を無にすれば、かえって天の災いを招くのではないか。
だから燕を取るべきだと思うが、どうか?」
この問いには、王の中に「勝利=正義」という論理が潜んでいる。
そして「勝ったのは天意によるもの」とし、占領を正当化しようとする心が透けて見える。
しかし孟子は、このあと厳しく王を戒めていく。
「天命があるから取る」ではなく、民の安寧を守るためにこそ政治はあるという孟子の王道政治が、ここから展開されることになる。
戦争の是非を論じるこの章は、現代にも通ずる「正義の名を借りた侵略」を見極める視座を与えてくれる。
引用(ふりがな付き)
「斉人(せいひと)燕(えん)を伐(う)ちて之(これ)に勝(か)つ。
宣王(せんおう)問(と)うて曰(い)わく、
或(ある)ひとは寡人(かじん)に取(と)る勿(なか)れと謂(い)い、
或(ある)ひとは寡人に之(これ)を取(と)れと謂(い)う。
万乗(ばんじょう)の国(くに)を以(もっ)て万乗の国を伐(う)ち、五旬(ごじゅん)にして之(これ)を挙(あ)ぐ。
人力(じんりょく)は此(ここ)に至(いた)らず。
取(と)らずんば必(かなら)ず天(てん)の殃(わざわい)有(あ)らん。
之(これ)を取(と)ること何如(いかん)」
注釈
- 五旬(ごじゅん)…五十日。短期間での戦果を強調する表現。
- 天の殃(てんのわざわい)…天意を損ねることによる災厄。勝利を「天命」と見なす論理の根拠。
コメント