—短を責める前に、長を活かせ
貧窮の報告を受けて太宗は、「人材推薦が杜撰だ」と魏徴らを責めた。
これに魏徴は明快に反論する。「我々は人物の長所と短所を明示して評価しています。凌敬は諫言に優れた才を持つが、贅沢を好むのは欠点。しかし、その短所だけを見て評価を否定されては、公正な判断はできません」と。
太宗はこれを聞いて納得し、「評価とは全体を見て為すべきもの」と理解した。
原文(ふりがな付き引用)
「臣等(しんとう)毎(つね)に蒙(こうむ)りて問(と)わるれば、常(つね)に其(そ)の長短(ちょうたん)を言(い)う。
有(あ)り学識(がくしき)、強(し)いて諫諍(かんそう)するは、是(これ)其(そ)の長(ちょう)なり。
生活(せいかつ)を愛(あい)し、経営(けいえい)を好(この)むは、是(これ)其(そ)の短(たん)なり。
今(いま)凌敬(りょうけい)は人(ひと)の為(ため)に碑文(ひぶん)を作(つく)り、『漢書(かんじょ)』を読(よ)むを教(おし)え、茲(これ)に因(よ)りて附託(ふたく)し、回易(かいえき)して利(り)を求(もと)む。
これ臣等(しんとう)の評(ひょう)とは同(おな)じからず。
陛下(へいか)、未(いま)だ其(そ)の長(ちょう)を用(もち)いず、惟(た)だ其(そ)の短(たん)を見(み)て、以(もっ)て臣等(しんとう)を欺罔(ぎもう)と為(な)すは、実(じつ)に心(こころ)より伏(ふく)せず」
注釈
- 長短(ちょうたん):人物の能力と欠点。全面的な評価を意味する。
- 附託(ふたく)/回易(かいえき):口利きや金銭絡みの斡旋をする行為。政治倫理上の問題視対象。
- 欺罔(ぎもう):欺くこと。事実を歪める・虚偽とみなされること。
- 心服(しんぷく):納得して従うこと。形式的でなく真に受け入れる心の状態。
教訓の核心
- 人材登用は「一を見て十を断ず」ではなく、長所を用い、短所を知ることにある。
- 評価する者の信頼は、単に成果ではなく、正直な報告と判断の中にある。
- 欠点を理由にすべてを否定すれば、どんな優れた者も任用できなくなる。
- 君主は、部下の推薦を信じつつ、用い方を誤らないことが肝要である。
貞観十一年──凌敬の私益請願と魏徵の弁明
1. 原文
貞觀十一年、司奏凌敬乞貸之狀。太宗責侍中魏徵等濫薦人。
徵曰:「臣等每蒙陛下問,常實言其長短。有學識、強諫諍,是其所長;愛生活、好經營,是其所短。今凌敬爲人作碑文,使人讀《漢書》,因茲附託,回易求利,與臣等素志不同。陛下未用其長,惟見其短,以為臣等欺罔,實不敢心伏。」
太宗悅之。
2. 書き下し文
貞観十一年、司奏の凌敬、貸し与えを請う状を上る。太宗、侍中魏徵らに対し、人を濫りに薦めたと責めた。
魏徵曰く、「臣らは毎に陛下よりお尋ねを賜れば、常にその長短を実語しております。学識あり、諫諍に強し、これその長なり。生活を愛し、経営を好む、これその短なり。
今、凌敬は人のために碑文を作り、人に『漢書』を読ませ、それに因りて取り入り、為替で利を得るなど、我らの素志とは異なります。
陛下はその長を用いず、ただ短を見て、我らが欺罔したとされるのは、実に心服いたしかねます。」
太宗これを喜ぶ。
3. 現代語訳(まとめ)
貞観十一年、太宗の側近である凌敬が金銭の貸与を求める上申を行った。
これを受けた太宗は、彼を推薦した魏徵らに対し、「不適切な人物を推薦した」と厳しく非難した。
それに対し魏徵は、誠実にこう弁明した。
「陛下からお尋ねを受けたときは、私たちは必ず推薦者の長所・短所を率直に申しております。
凌敬は学識があり、意見をはっきり述べる点では長所ですが、生活に執着し、利を追う傾向があるのが短所です。
今回のような行動(碑文作成や『漢書』の読解にかこつけて私利を得る)は、私たちとは価値観が異なります。
陛下が彼の短所ばかりを見て、我々が虚偽の推薦をしたと見なされるのは、納得できません。」
太宗はその言葉に納得し、魏徵を評価した。
4. 用語解説
- 司奏:詔勅・表奏などを取り扱う官職。凌敬はこの役職にあった。
- 凌敬:魏徵らがかつて推挙した人物。才覚はあるが、経済的な志向が強かったとされる。
- 乞貸之狀:貸し付けを求める書面。金銭援助などを訴える文書。
- 濫薦(らんせん):適切でない人を推薦すること。非難の対象となる。
- 附託・回易求利:権力に取り入り、私的な商業活動などで利益を得ようとすること。
- 欺罔(ぎもう):欺くこと。事実を隠し誤魔化すこと。
- 心伏:心から納得すること。
5. 解釈と現代的意義
この逸話は、人材評価における「長所・短所のバランス」と、推薦責任の所在を考えさせられる事例です。
魏徵は「人物評価の際には、長所と短所を両方述べるべきであり、それを用いるかどうかは上の判断である」と明言しています。
これは、単に推薦しただけでは推薦者の責任にはならない、という組織的分担の原則を示しています。
また太宗は、短所を見て失望したものの、魏徵の論理的な説明によって自らの判断を見直した。ここにも冷静な再評価と指導者の柔軟さが見て取れます。
6. ビジネスにおける解釈と適用(個別解説付き)
観点 | 解釈 | ビジネス応用 |
---|---|---|
人材評価 | 「長所と短所を併せて伝えることの誠実さ」 | 推薦書・人事考課では一面的な称賛ではなく、リスクも含めて伝えるべき。 |
推薦の責任 | 「推薦者は事実を伝える義務はあるが、最終判断は上層の役割」 | 組織内での紹介・抜擢でも、情報提供と最終判断の責任を明確に区別すべき。 |
経済的私益の是非 | 「専門性を使って営利活動を行うことの是非」 | 知識労働者が副業などで公私混同を起こす場合、企業のルールと価値観に基づいた判断が必要。 |
指導者の姿勢 | 「最初は怒っても、説明を聞いて納得し評価できる柔軟性」 | 経営判断における感情と理性のバランス。トップほど説明責任を重視すべき。 |
7. ビジネス用心得タイトル
「推薦とは長所と短所のセット販売──使い方は上にあり」
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