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見ず、知らず、ただ声に惑う


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■引用原文(日本語訳)

一五 内を知らないが外をも見ないで、
(内と外と)両者について結果を見ない人は、
実に音声に誘われる。
――『ダンマパダ』 第二二章 第十五節


■逐語訳

  • 内を知らない:自己の内面(動機・感情・精神状態)に無知。
  • 外も見ない:社会・他者・現実の出来事を観察せず無関心。
  • 結果を見ない:行為の因果や道理を考察せず、反応的に生きている。
  • 音声に誘われる:見た目の言葉・評判・他者の声・世間のノイズに簡単に流されてしまう。

■用語解説

  • 内・外(アッタ&バヒダ):内面=自己理解や精神性、外面=現実・他者・状況の理解。
  • 結果(ヴィパーカ):因果関係、行動の帰結、倫理的判断力を持った視野。
  • 音声(サッダ):魅力的な言葉・プロパガンダ・扇動的情報など、真理でないものに対する反応。
  • 誘われる(サンノー):誘惑され、引き込まれ、主体性を失うこと。

■全体の現代語訳(まとめ)

自分の内面も知らず、外の世界も見ようとせず、
行動の結果や意味も考えない者は、
最も容易に人の言葉や世間の声に流されてしまう――
と仏陀は厳しく警告している。


■解釈と現代的意義

この節は、「学ばず、考えず、見ようともしない者が、最も操作されやすい」という本質を突いています。
前の第13節では「外しか見ない者」、第14節では「内しか見ない者」が惑わされると説かれてきましたが、
この第15節ではその最も深い無知の状態――内も外も知らず、反応だけで生きる人間の姿を描いています。

現代社会における「情報操作」「SNS依存」「フェイクニュースの拡散」などは、
まさにこの詩句が示す「音声に誘われる者たち」の典型です。


■ビジネスにおける解釈と適用

観点実務への応用
情報リテラシー内省(目的・意図)も、現実観察(データ・現場)も欠いたままの判断は、外的情報に簡単に操作される。
意思決定内外の分析と因果を見ない「なんとなく」の意思決定は、必ず後悔や失敗につながる。
組織運営「自分たちが何者か(内)」と「顧客や市場がどう動いているか(外)」を理解しなければ、言葉(ブーム・流行)に振り回される。
自己成長見ようとせず、学ぼうとせず、考えようとしない姿勢は、最も自己の成長を妨げる。

■心得まとめ

「見ることをやめたとき、人は最も脆くなる」

仏陀はここで、「思考停止」「無関心」「盲信」の危険を語っている。
内なる動機を見ず、現実の動きを知らず、行動の意味も考えずに、
声や印象に流されて生きる者は、最も操られやすく、倒れやすい存在である。

だからこそ、まず自分を見よ。そして世界を見よ。考え、照らし、判断せよ。
それが、音声(誘惑)に誘われない智慧の始まりである。


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