大学を卒業するタイミングで社長に就任したL氏は、二人兄弟の長男だ。もっと正確に言えば、自らの意思で社長になったわけではなく、父親によってその座を押しつけられた形だ。会社は三つの事業を抱えており、一つはそこそこの成績を残しているものの、もう一つは赤字寸前の状態、残りの一つは数年来の赤字体質が続いている。
L社長の友人から相談を受けた。「ぜひ一度見てやってほしい」という依頼だった。そこでL社を訪れ、社長にいろいろと状況を説明してもらったが、話がまるで要領を得ない。特に数字の話になると完全にお手上げ状態だ。千円と百万円の区別すらつかず、位取りの点の打ち方が理解できない。書くことも読むこともできない始末で、どこから手をつければいいのか、途方に暮れるばかりだった。
当然のことながら、自分の会社の業績が年々悪化していることについて、L社長には危機感というものがまるでない。それでも会社がなんとか存続しているのは、会長として健在な父親の存在が大きい。普段の業務は息子に任せていても、資金繰りが危機的な状況になると父親自らが動き、必要な資金を調達して事態を収めてきたからにほかならない。
さらに、前社長の時代に育てられた業務部長が有能で、アシスタントとして会社を支えていることも、これまで会社が持ちこたえてきた理由の一つだった。しかし、業務部長という立場上、日常業務を取り仕切ることはできても、会社の命運を左右する事業の方向性を決定する権限はない。どれだけ優秀であっても、部長というポジションの限界があり、業績低下のスピードを抑えることが精一杯だったのだ。
社長に「普段何をしているのか」と尋ねると、二つの事業所を回りながら従業員を監督していると言う。社長が目を離すと、従業員がサボるのだとか。こんな役立たずの相手をさせられるのは迷惑この上ないが、友人からの頼みでもあり、無下に断るわけにもいかなかった。日頃の行いが悪いからこういう目に遭うのだろう、と自分に言い聞かせながら、仕方なく手伝いを引き受けることにした。
まず、数字の読み書きができないのでは話にならないので、そこから教えることにした。まるで小学校の教師と生徒のような状況だ。だが、少し教えるとすぐに「頭が痛い」と言い出す始末だ。呆れて「大学では何をしていたんだ」と尋ねると、返ってきた答えは「麻雀とパチンコばかりやっていた」というものだった。これでは、先が思いやられる。
あまり社長を数字の学習で苦しめても仕方がないと思い、適当なところで切り上げて雑談に切り替えた。その途端、社長の表情が生き生きとしてくる。ある日の雑談中、社長がこんなことを話し始めた。「父親は、会社の三つの事業部をそれぞれ独立した会社に分けて、二人兄弟に一つずつ継がせるつもりらしい。一倉さんから見て、どの事業が一番将来性があると思いますか?一番将来性がある会社を僕が継ぎたいんです。」と、妙に前向きな口調で言うのだ。
全く救いようがない話だ。私は厳しく言い放った。「自分勝手にもほどがある。自分だけ楽をして、弟に苦労を押しつけるつもりか。そんな性根では、どんな将来性のある会社を継いだところで、いずれ潰してしまうだろう。あなたが長男としてまず考えるべきことは、誰がどの会社を継ぐかではない。兄弟二人で力を合わせ、どうやって父親が残した事業を守り、発展させるかだ。それが長男としての責任だ。」と、はっきりと釘を刺した。
私は最初からL社長と喧嘩する覚悟で臨んでいた。それくらいしなければ、この社長の根性を叩き直すことはできないと考えたからだ。しかし、それは私の思い上がりだった。どれほどL社長に響いたのかは分からないが、こちらがどれだけ罵倒しても、彼はまるで平気な顔をしている。私の言葉も態度も、何一つ彼を動かすことはできなかった。結局、私の手には負えないと判断し、お手伝いを辞退することにした。
話にならないL社長を責める前に、私はまず、そんな社長を育て上げた父親に反省を促したいと思う。多くの創業者社長は、文字通り徒手空拳、何もないところから現在の会社を築き上げた人たちだ。その過程での苦労は、経験者でなければ想像もつかないほどのものだろう。それだけに、自分の息子には同じような苦労をさせたくない、という気持ちになるのも理解できる。
その親心から、どうしても息子に甘くなってしまう。その結果、甘やかされた息子は世の中を安易に考え、生活の苦労を知らないために他人への思いやりも欠けるようになる。こうした人間は、社長としては最も不適格な部類に属する。
そんな不適格者を後継者に据えるのだから、うまくいくはずがない。それでも親の盲愛から、学校を卒業するとすぐに自分の会社に入れ、数年で専務や副社長に昇格させる例は少なくない。L社長の場合はさらに極端で、大学を卒業するや否や、いきなり社長に就任したのだから、呆れるほかない。
いくら親の愛情とはいえ、本人に力量が備わっていなければ問題だ。親が健在なうちは、なんとか取り繕って事態を乗り切れるかもしれない。しかし、親がいなくなった瞬間にボロが出るのは目に見えている。それでは、結局のところ本当に子供を思いやり、大切にしていることにはならない。親心が逆に子供を苦境に追いやる結果になるだけだ。
経営者という立場がいかに厳しく困難なものであるかは、本来、誰よりも創業者自身が理解しているはずだ。しかし、こと子供のこととなると、その現実を忘れ、親としての盲目的な愛情が勝ってしまうようだ。これが、後継者選びの根本的な問題を引き起こす原因となる。
L社の若い社長は、大学を卒業したと同時に父親に社長の座を継がされたが、数字の読み書きも満足にできず、経営に対する危機感も乏しい。彼はただ、二つの事業所を巡回して従業員を監督するだけで、実際の経営判断はほとんどできていない。彼が会社を支えているのは、会長である父親が資金難になると助け船を出し、また前任の業務部長が日常業務をしっかりと支えているからに過ぎない。
一度、彼に自分が継ぎたい事業を尋ねられたとき、私は「長男としての責任」を説き、兄弟で父親の築いた事業を守るべきだと助言した。しかし、彼はそれに対して反応も薄く、まるで響かない様子だった。結局、私は彼のサポートを辞退することにした。
このような状況を生み出したのは、彼の父親にも責任がある。創業者として、ゼロから会社を築く大変さを経験し、自分の息子には同じ苦労をさせたくないという親心が働いてしまうのだろう。だが、その親心がかえって息子を甘やかし、経営者としての適格さを欠く人間を作り上げてしまった。長い目で見れば、親が厳しく育ててこそ、息子は本当に会社を守れる存在に成長する。息子を甘やかすことで、かえって会社も家族も不安定な立場に置くことになることを、創業者たちはもっと深く考えるべきなのかもしれない。
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