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天下を得るのは、仁を好み、人を殺すことを憎む者である

孟子は、恵王の跡を継いだ梁の襄王に謁見したが、その人物に王としての威厳を感じられなかった。

面会を終えた孟子は、ある人にこう語る:

「遠くから見ても王らしく見えず、近づいても畏敬の念を感じなかった」

その襄王が唐突に尋ねてきたのは、「天下は誰のものになるのか?」という“世間話のような問い”だった。

孟子は答える:

「いずれ、天下は統一されるでしょう」

さらに襄王が「誰がそれを統一するのか」と聞くと、

人を殺すことを好まない者が、統一するでしょう」

と孟子は即答した。そして、「そんな者に誰が味方するのか」と重ねて問う襄王に対し、孟子は断言する:

天下のすべての人々が味方します


引用(ふりがな付き)

「孟子(もうし)、梁(りょう)の襄王(じょうおう)に見(まみ)ゆ。出(い)でて人(ひと)に語(かた)って曰(い)く、之(これ)を望(のぞ)むに人君(じんくん)に似(に)ず。之に就(つ)いて畏(おそ)るる所を見(み)ず。
卒然(そつぜん)として問(と)うて曰く、天下(てんか)悪(いず)くにか定(さだ)まらん。吾(われ)対(こた)えて曰く、一(いつ)に定まらん。
孰(たれ)か能(よ)く之を一にせん、と。対えて曰く、人(ひと)を殺(ころ)すことを嗜(この)まざる者、能く之を一にせん。
孰か能く之に与(くみ)せん、と。対えて曰く、天下(てんか)与せざる莫(な)きなり。」


注釈

  • 襄王…恵王の子で後継者。孟子は彼に失望し、斉へと向かうことになる。
  • 卒然…突然に。準備もなく唐突に。
  • 一に定まる…天下が一つにまとまる、統一される意。
  • 嗜まざる者…好まない者。ここでは「人殺しを好まない統治者」。

パーマリンク案(英語スラッグ)

  • unity-through-humanity(仁をもって天下を統一せよ)
  • no-murder-no-war(殺さない者が勝つ)
  • benevolence-wins-hearts(仁者が人心を得る)

補足:仁による統一は、最強の“武器”である

孟子のこの言葉は、ただの理想主義的発言ではありません。
実際に彼が提示しているのは、「仁を根本とした統治こそ、もっとも持続可能で強固な支配体制である」という現実的な政治戦略です。

この思想は、のちの日本の統一過程にも深い影響を与えました。徳川家康が天下を平定した後、「元和」の元号を掲げて平和を宣言し、儒教(朱子学)を正学としたのも、この孟子の思想を政治哲学の柱とした現れです。

武力によって天下を取ることはできても、それを維持し、真に人々の支持を得て「定まる」には、民の命を大切にする姿勢=仁が不可欠なのです。

1. 原文

孟子見梁襄王。
出語人曰、「望之不似人君。就之而不見所畏焉。」
卒然問曰、「天下惡乎定?」
吾對曰、「定于一。」
曰、「孰能一之?」
對曰、「不嗜殺人者、能一之。」
曰、「孰能與之?」
對曰、「天下莫不與也。」


2. 書き下し文

孟子、梁の襄王に見(まみ)ゆ。
出でて人に語りて曰(い)わく、
「これを望むに人君に似ず。これに就いて畏るる所を見ず。」
卒然として問いて曰く、
「天下はいずこにか定まるか?」
吾、対(こた)えて曰く、
「一に定まらん。」
「誰か能くこれを一にせん?」
対えて曰く、
「人を殺すことを好まざる者、能くこれを一にせん。」
「誰か能くこれに与せん?」
対えて曰く、
「天下、これに与せざる者莫(な)きなり。」


3. 現代語訳(逐語・一文ずつ訳)

  • 「孟子は梁の襄王に謁見した」
     → 孟子が梁の襄王に会った。
  • 「外に出て人に語って言った。『あれは君主らしくない。そばに寄っても威厳が感じられなかった』」
     → 謁見後、孟子は周囲に「あれでは人の上に立つ君主とは言えぬ」とこぼした。
  • 「王は唐突に『天下はどうすれば安定するのか?』と問うた」
     → 突然、王が「天下はどうすれば平定できるのか」と尋ねてきた。
  • 「私は『一に定まることだ』と答えた」
     → 私(孟子)は「一つの中心に定まることです」と答えた。
  • 「誰がそれを一つにできるのか?」
     → 王が「では誰が天下を一つにできるのか?」とさらに問う。
  • 「私は『人殺しを好まない者がそれをできる』と答えた」
     → 「人を殺すことを喜ばない者こそ、天下を統一できる」と孟子は答えた。
  • 「では、誰がその人物とともにするのか?」
     → 王が「そのような者に、誰が味方するのか?」と問う。
  • 「私は『天下の誰もがその人物に味方する』と答えた」
     → 「天下のすべての民が、そのような人物に味方する」と断言した。

4. 用語解説

  • 襄王(じょうおう):梁の君主で、恵王の後を継いだ。対話からは覇道寄りの思想がにじむ。
  • 望之不似人君:見た目にも君主らしさがない、風格がないという孟子の辛辣な評価。
  • 卒然(そつぜん):突然、不意に。
  • 定于一(いちにさだまる):「天下は統一されるには“一”を必要とする」の意。ここでの“一”は仁徳ある者による統一。

5. 全体の現代語訳(まとめ)

孟子は梁の襄王に会った。
外に出て人に言った。「あれは君主には見えない。近づいても威厳がまるでない。」

襄王は突然「天下を安定させるにはどうすればよいか」と尋ねた。
孟子は答えた。「一つにまとまることです。」

「では、誰が天下を一つにできるのか?」
「人を殺すのを好まない者です。」

「では、誰がそんな者に味方するのか?」
「天下すべての者が、そのような者に味方します。」


6. 解釈と現代的意義

この章句は、孟子が戦国時代の「武による統一」思想に対して、“仁による統一”の可能性と正当性を説いたものです。
孟子は「一に定まる」と言いながら、その“一”が覇道(武力)による支配ではなく、殺人を好まぬ者=仁者であるべきと主張しています。

「仁者には天下が味方する」──これは儒家が説く最も根本的な政治哲学であり、
現代においても「倫理を基盤とする統治こそが永続的な支持を得る」ことの示唆といえます。


7. ビジネスにおける解釈と適用(個別解説付き)

  • 「トップの威厳より、誠実さが信頼を生む」
     威圧感や派手な経営手腕よりも、人を傷つけず、誠実で倫理的な経営こそが本当の支持を集める。
  • 「支配より共感。組織を一つにする力とは」
     リーダーが「仁=思いやり・信頼・対話」をもって組織を率いるならば、自然と人が集まり、協力が生まれる
  • 「人が集まるリーダーの条件は“殺さぬ者”」
     社員を“言葉で殺す”“評価で殺す”“働かせて殺す”のではなく、守り、育てる者が長期的に選ばれるリーダーである。

8. ビジネス用の心得タイトル:

「殺さぬ者こそが天下を制す──仁が人をまとめる最強の力」


孟子のこの言葉は、単なる理想論ではなく、「どんな時代も、人の心を得た者が勝つ」という不変の原理を突いています。


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