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弓の心の教え

太宗は、若いころから弓矢を好み、その奥義を極めたと自負していました。しかし、ある日、良弓十数張を手に入れ、それを弓の工匠に見せたところ、工匠は「どれも良材ではありません」と答えました。太宗がその理由を尋ねると、工匠はこう説明しました。「木の心がまっすぐでなければ、木目に乱れが生じます。どんなに強い弓でも、それでは矢はまっすぐには飛びません。だから、これらは良弓ではありません」と言ったのです。
太宗はその言葉を聞いて初めて悟り、自分が弓矢で四方の敵を平定したことはあっても、弓の道理を理解していなかったことに気づきました。さらに、天子として政治を行う上で、弓矢の経験すらも道理をつかむことに及ばないことを認識しました。

その後、太宗は都の官僚に対し、五品以上の官位にある者を交替で禁中に宿直させ、側に座を与えて語り合い、宮廷外の事柄や人民の利害について理解を深めようと努力しました。このように、弓の教えを通じて、政治にもその理を反映させようとしたのです。


目次

原文とふりがな付き引用

「貞觀初(ていかん しょ)、太宗(たいそう)は蕭瑀(しょう い)に曰(い)う、『少(わか)いころ弓矢(きゅうし)を好(この)み、自(みずか)ら謂(おも)い能(あた)ふ其(そ)の妙(みょう)を尽(つく)すと』」

「得(え)たり良弓(りょうきゅう)十數(じゅうすう)、以(もち)いて弓工(きゅうこう)に示(しめ)す。乃(すなわ)ち曰(いわ)く、『皆(みな)非(あら)ず良材(りょうざい)也(なり)』」

「問(と)ひ其(その)故(ゆえ)を、工(こう)曰(いわ)く、『木心(もくしん)不正(ふせい)、則(すなわ)ち脉理(みゃくり)皆(みな)邪(よこしま)なり。弓(きゅう)雖(いえど)も剛勁(ごうけい)にして、箭(や)直(ただ)しからず、非(あら)ず良弓(りょうきゅう)也(なり)』」

「始(はじ)めて悟(さと)る。以(もって)弧矢(こし)を以(も)って四方(しほう)を定(さだ)め、用(もち)いて弓(きゅう)多(おお)し、而(しか)もその理(ことわり)を得(え)ず。況(いわ)んや有(あ)る天下(てんか)の日浅(ひあさ)し、得(え)て為(な)す理(ことわり)の意(おもい)を、固(もと)より未(いま)だ弓(きゅう)に於(おい)ては、弓(きゅう)失(うしな)し、而(しか)も況(いわ)んや理(ことわり)に於(おい)てをや』」

「自(よ)って是(これ)より詔(しょう)す。京官(けいかん)五品(ごひん)以上(いじょう)、更(まさ)に宿(と)らし中書(ちゅうしょ)省(しょう)。毎(ごと)に召(め)し見(み)て、皆(みな)賜(たま)う座(ざ)を与(あた)え語(かた)らし、尋(たず)ね訪(おとず)れ外事(がいじ)、務(つと)めて知(し)る百姓(ひゃくせい)の利(り)と、政(せい)の得(え)失(うしな)うを」


注釈

  • 木心(もくしん)不正(ふせい)…木の中心がまっすぐでないと、木目が乱れてしまうこと。弓の材料における重要な要素。
  • 脉理(みゃくり)…木材の筋道。木目がまっすぐでなければ、弓の性能が安定しないことを意味します。
  • 剛勁(ごうけい)…強くて力強いこと。弓がどんなに力強くても、木心が曲がっていれば、矢はまっすぐ飛ばないという教え。
  • 天下(てんか)の日浅し…天子として国を治める日が浅いこと。初心を忘れず、政治の理を学び続ける必要性を示しています。
  • 理(ことわり)…物事の道理、真理。政治においても弓矢の道理と同じように、正しい道理を守ることが重要だと示唆しています。

以下に、『貞観政要』巻一より、唐太宗が弓工(弓の職人)とのやりとりから統治の道理を悟る逸話を、ご指定のフォーマットに沿って整理いたします。これは、「見かけの巧みさではなく、本質を見極めよ」というリーダーの覚悟と学びを表す名場面です。


『貞観政要』巻一「弓工の話より理を悟る」より

―弓の構造に学び、政の根本を知る―


1. 原文

貞觀初、太宗謂蕭瑀曰:「朕少好弓矢,自謂能盡其妙。曾得良弓十數,以示弓工。乃曰:『皆非良材也。』朕問其故,工曰:『木心不正,則脈理皆邪。弓雖剛勁而箭不直,非良弓也。』朕始悟焉。朕以弧矢定四方,用弓多矣,而不得其理。況朕有天下之日淺,得為理之意,固未若於弓。弓猶失之,而況於理乎?」

自是,詔京官五品以上更宿中書省。每召見,皆賜坐與語,詢訪外事,務知百姓利害,政之得失焉。


2. 書き下し文

貞観の初め、太宗、蕭瑀(しょうう)に謂いて曰く、

「朕は若き頃より弓矢を好み、自らその妙を極めたりと思っていた。あるとき、良い弓を十数張得て、弓工に見せたところ、『これは皆、良材にあらず』と申す。朕がその理由を尋ねると、工は曰く、『木の心が正しからざれば、脈理(みゃくり)皆、邪なり。弓は剛勁なれど、矢を真っ直ぐに飛ばすこと能わず。是れ良弓にあらず』と。

朕はここにおいて始めて悟るに至った。朕は弓矢をもって四方を定め、弓を用いること多かりしも、なおその理を得ず。いわんや朕が天下を治めるに日は浅く、政治の道理を得ること、なおさら弓に及ばず。弓すらも見誤るのであれば、政治を見誤るのはもっともである。」

ここにより、京官五品以上の者に詔して、中書省に交替で宿直させた。召見の際には、皆に座を賜い語らい、外の情勢を尋ね、民の利害や政の得失を努めて知ろうとした。


3. 現代語訳(逐語)

  • 「朕少好弓矢」
     → わたしは若いころから弓矢が好きであった。
  • 「木心不正、則脈理皆邪」
     → 木の中心がまっすぐでなければ、年輪や繊維もすべて歪んでしまう。
  • 「弓雖剛勁而箭不直、非良弓也」
     → 弓がどんなに強くても、矢がまっすぐ飛ばなければ、それは良い弓とは言えない。
  • 「弓猶失之、而況於理乎」
     → 弓の理さえも理解し損ねていたのに、どうして統治の理を正しく理解できるだろうか?

4. 用語解説

用語意味
弓工弓を製作・調整する職人
脈理(みゃくり)木目。木の年輪や筋のこと
中書省皇帝の詔勅を起草し、中央政務を担う主要機関
宿中書省宿直として中書省に滞在すること。即応性を重視した体制
百姓利害民衆の利益・損失。生活実態のこと
得失政策の成否・功罪のこと

5. 全体の現代語訳(まとめ)

貞観初年、太宗は重臣の蕭瑀にこう語った。

「私は若い頃から弓矢が好きで、自分ではその技術を極めていると思っていた。ある時、優れた弓を十数本手に入れ、弓の職人に見せたところ、彼は『これは皆、良い弓ではありません』と言うのです。その理由を問うと、『木の中心がまっすぐでなければ、木目も歪み、弓がどんなに強くても矢はまっすぐ飛ばない。だから良い弓ではありません』と。

私はその時、初めて悟ったのです。私は弓を使って天下を定め、多くの弓を使ってきたのに、その本質を知らなかった。ましてや、天下を治めるようになってまだ日が浅い私が、政治の本質をすぐに理解できるはずもない。弓すら誤るのに、政治において誤らないはずがない。」

それ以降、太宗は高級官僚たちに交代で中書省に泊まらせ、彼らを定期的に呼び寄せて話を聞き、地方の情勢や民衆の利益・政策の良し悪しを熱心に探るようになった。


6. 解釈と現代的意義

この章句は、リーダーが「自分の無知を認めること」から統治の本質を学んだ極めて重要なエピソードです。

太宗は、自分が得意だと思っていた弓でさえ職人の一言で間違いに気づき、そこから「政治はさらに難しい」と謙虚に悟ります。そして、その反省を行動に移し、「情報収集・現場主義・対話」に努める体制を整備したのです。

この態度こそが「名君の資格」であり、魏徵が賞賛した太宗の姿勢の一つでもあります。


7. ビジネスにおける解釈と適用

  • 「自信の裏に盲点あり。成功体験ほど危うい」
     専門家(弓工)の一言で太宗は自信を見直した。経営者もまた、得意領域でこそ“自己満足”に陥りやすく、第三者の視点が不可欠。
  • 「細部に宿る本質を見よ」
     “木の中心が曲がっていれば、弓全体がダメになる”という職人の言葉は、構造の基礎が整っていなければ、表面的な力や技術は意味を成さないという警句である。
  • 「組織は“聞く体制”がなければ腐る」
     太宗が制度化した「高官の宿直制と意見聴取」は、現代でいえば“役員レベルの現場ヒアリング”“社内報告制度の整備”に当たる。情報収集を制度として日常化させることが、組織の自己矯正力を高める。

8. ビジネス用の心得タイトル

「自信の裏に謙虚を持て──本質を見抜けぬ者に組織は治められない」


この章句は、太宗のリーダーとしての成長を示すエピソードの中でも、非常に示唆に富んだ名場面です。他の章句との連動的な学びをご希望の場合は、いつでもお知らせください。


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