人生をある程度経験して、世の中の甘さも辛さも味わい尽くせば、
人の心がころころ変わろうとも、もはや気にもならなくなる。
まるで、天気が晴れたり雨が降ったりするのと同じようなものだ。
わざわざ目を開いて確かめるのも面倒なほど、どうでもよくなる。
人の情けや評判といったものも、十分に見極めてしまえば、
他人に「お前は牛だ」「お前は馬だ」と言われようと、
「はい、そうですか」と、ただうなずくだけで済むようになる。
相手の評価にいちいち反応せず、心の中は泰然としている。
「世味(せいみ)を飽(あ)き諳(そら)んずれば、覆雨翻雲(ふくうほんうん)に一任(いちにん)して、総(すべ)て眼(まなこ)を開(ひら)くに慵(ものう)し。人情(にんじょう)を会(え)し尽(つ)くせば、牛(うし)と呼(よ)び馬(うま)と喚(よ)ぶに随(したが)い教(まか)せて、只(ただ)是(これ)れ点頭(てんとう)するのみ。」
人の評価や言葉に左右されず、自分の心を動かさないこと。
それが、真に自由で静かな境地である。
※注:
- 「世味(せいみ)」…世の中の酸いも甘いも。人生経験を通じて味わう世間の味。
- 「覆雨翻雲(ふくうほんうん)」…人の心が天気のように変わるさま。杜甫の詩に由来する。
- 「牛と呼び馬と喚ぶ」…『荘子』の言葉。「他人に何と呼ばれても、自分はそれにこだわらない」という境地。
- 「随教(ずいきょう)」…相手の勝手に任せる、流されるのではなく、受け流す。
- 「点頭(てんとう)」…うなずくだけ。いちいち反論したり反応したりせず、穏やかに受け止めること。
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