G社は家庭用品を製造する企業だ。訪問した際、売上は一年半以上も停滞し、一進一退の状況が続いていた。社長は売上拡大に全力を注いでおり、年間を通じてテレビやラジオの広告に多額の資金を投入していた。さらに、ポスターやチラシを制作し、代理店に次々と持ち込むなどの施策を実施。しかし、それらの取り組みも売上の改善には結びつかなかった。
営業担当はわずか2名のみだった。理由を尋ねると、販売はすべて総代理店に任せているため、自社でセールスマンを抱える必要がないということだった。このような体制の企業は、もはや「会社」ではなく、単なる「工場」と言えるだろう。
「どんな状況であれ、自社の商品は自分たちの手で売るべきだ」と伝えた。その手段として「蛇口作戦」を提案した。必要となる営業スタッフについては、内部管理を簡素化することで確保できると説明し、社長に実行を促した。
間違ったマネジメント思想に影響され、多くの人員が「管理」という無駄な業務に費やされていたのだ。実にもったいない話だ。私の視点から見れば、少なくとも二十名ほどは営業に振り向けられる余地があるように思えた。
社長は私の提言を受け入れ、自社商品を自らの手で販売する方針を固めた。内部の配置転換によって約15名のセールスマンを確保し、即席の教育を実施することとなった。教育は顧問のK氏が直接指導にあたった。
その教育内容は、セールスマン役と消費者役に分かれて行う「お芝居」形式のロールプレイングだった。セールスマンが商品を売り込み、消費者が断る役を演じることで実践的な訓練を積むというものだ。このトレーニングは短期間で終了し、彼らはすぐに営業活動に送り出された。もちろん、その活動の柱となったのは「蛇口作戦」だった。
最初は実験的な取り組みとして始まった。事前にターゲットを絞った小売店を訪問し、店頭に並んでいる自社商品を手に取る。そして、それを近隣の家庭に直接持ち込む訪問販売を展開したのだ。その結果、わずか一日でその店の2か月分以上の売上を達成することができた。中には3か月分、さらには4か月分に相当する販売実績を叩き出すこともあった。
この成果に、小売店の店主は驚きを隠せなかった。「こんなに売れるものだったのか」と認識を改めるほどだった。そのタイミングを逃さず、セールスマンはすかさず切り込む。「だからこそ、もっと目立つ場所に商品を並べてください」と要請し、店頭での扱いを改善させる流れを作り出したのだ。
店主は即座にその提案を受け入れるだけでなく、「次は特売を企画してみたいが、応援してくれないか」と積極的な姿勢に一変する。その申し出に対して、こちらももちろん全面的な協力を約束する。このようにして、店主との関係がより深まり、販売の体制が強化されていくのだ。
ある日、G社長が笑いながらこんな話をしてくれた。「昨日の夕方、ある小売店の店主から電話があってね。『先ほど御社のセールスマンの方が帰られました。今日はこれこれの売上を上げていただき、本当にありがとうございました』と感謝されたんだ。うちのセールスマンに敬語だよ、敬語!」と。儲けをもたらしてくれる相手には、敬語だろうと何だろうと自然に使いたくなるものなのだ。
大型小売店に対しては、まず銀座のM店で実験を試みることにした。過去の販売データを調べてみると、一日の平均売上がわずか1個という状態で、まさに採算ラインのギリギリを維持しているような状況だった。
実験の内容は、週に一度売場を訪れ、陳列品を整備するというものだった。事前調査で売場の状態が乱れていることが判明していたためだ。商品を丁寧に磨き上げ、決められたディスプレイ配置を施した。その結果は即座に現れ、一日の売上が一気に10個に跳ね上がったのである。これまでの二つの実験を通じて、「売れるために必要なこと」が明確になった。あとは、この方法を計画的に強化し、推進していけばよいだけだ。
一年半も停滞していた売上が、明確な方向性を持って上昇し始めた。販売促進とは、ただ闇雲に商品を押し込むだけでは意味がない。さまざまな方法を試し、実験を重ねる中で、最も効果的な手法を見つけ出すことが重要だ。それさえ分かれば、後はその方法を計画的に実行するだけでいい。「こうすれば売れる」という確信を、実験を通じて得ること。それこそが販売促進の基本原則だ。
蛇口作戦を展開する際には、作戦開始前に必ず問屋に事前の了承を得る必要がある。これは単に誤解や摩擦を避けるためだけではない。むしろ、それ以上に重要なのは、問屋に対して「貸し」を作り、関係を強化することだ。この一手間が、長期的な協力関係を築く土台となるのである。
メーカーが直接小売店の売上向上を支援する活動を行えば、小売店だけでなく問屋にもメーカーに対する「借り」が生じる。その結果、値引きや値下げ要求がしにくくなる効果があるのだ。流通業者から過剰に値切られる背景には、メーカー自身が商品を売る努力を怠っていることがある。この構造を理解し、メーカー自らが積極的に売る姿勢を示すことが、価格交渉での主導権を握る鍵となる。
「蛇口作戦」とは、メーカーが自ら積極的に小売店や消費者に働きかける販売促進方法であり、単なる流通業者に任せるのではなく、自らの手で売上を伸ばすことを目指す戦略です。このアプローチを実施する際のポイントを以下にまとめます。
蛇口作戦の具体的な手順
- 内部の人員配置見直しと営業力強化
- G社の場合、内部の管理業務に多くの人員が割かれていたため、ここから営業員を生み出し、教育を施して販売促進に当たらせました。内部で不要な管理業務を簡素化し、販売活動に資源を投入することが重要です。
- 小売店への直接訪問と支援
- まず、特定の小売店で実験的に訪問販売を行い、その効果を確認します。近隣の家庭を訪問し、数か月分の在庫を一日で売り切るなど、具体的な成果を示し、店主の認識を変えさせることで、店内での陳列場所の改善や特売の実施につなげます。
- こうした活動により、小売店主の信頼を得て、積極的に販売促進に協力してもらえる体制を作ります。
- 大型店舗での陳列と売場の整備
- G社では、特定の大型小売店で一週間に一度売場を訪れ、商品の磨き上げやディスプレイの整備を行うことで、売上が劇的に改善される結果を得ました。定期的な整備や展示の工夫が売上に大きく影響することを実証し、他店舗でも同様の手法を展開しました。
- 実験による販売方法の最適化
- 効果的な売り方を模索し、成功した方法を計画的に展開するのが蛇口作戦の基本です。実験的な取り組みで得た成功パターンを体系化し、それを他店舗で繰り返すことで売上を安定的に向上させます。
- 問屋への事前の了解
- 小売店での直接的な販売活動は、事前に問屋の了解を取っておくことで円滑に進めます。こうすることで、問屋に「貸し」を作り、値下げ要求を回避しやすくなるメリットもあります。問屋との関係構築は、後々の取引にも良い影響を与えます。
成功のための基本認識
- 自らの手で販売を行う
- 流通業者や代理店は、あくまで自社の業績を優先するため、メーカーが直接商品を売り込む努力をしなければ、期待するほどの販売量にはつながりません。
- 実験的な手法を取り入れ、成功した方法を広げる
- 様々な手法を試して効果的な方法を見つけ出すことが重要であり、販売促進においては、具体的な行動を重ねることで効果が明確になります。
蛇口作戦を通じて、メーカー自らが小売店の売上げを支え、販売促進のための活動を効果的に行うことで、販売の停滞を打破することが可能になります。このように、流通業者や代理店に頼らず、自社の商品を自ら売り込むことが、持続的な売上向上の鍵となります。
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