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見かけや痕跡では、本質の価値は量れない

弟子の高子が、古代の聖王・禹(う)の音楽は、後代の文王の音楽よりも優れていると述べたことに対し、孟子はそれを否定する。
高子の根拠は、「禹の鐘の取っ手がすり減っているから」であり、それを「よく使われた証拠=優れていた証拠」と考えた。

しかし孟子は、それを浅薄な見方だとして厳しくたしなめる。

それは単に古いからすり減っているのではないか。
まるで、城門の車轍(しゃてつ:車の通った跡)が深いからといって、それを一台の馬車の力の証しとするようなものだ」
とたとえを用いて諭した。実際には、長い年月の蓄積や、多くの要因が絡んだ結果であり、一つの痕跡だけをもって価値を判断するのは誤りである。

この教えは、現代にも通じる――“使い込まれている=良いもの”とは限らず、物事の本質は表面的な摩耗や残像では判断できない。
真の理解には、深く丁寧に内側を見抜く眼が必要である。


引用(ふりがな付き)

「高子(こうし)曰(いわ)く、禹(う)の声(せい)、文王(ぶんおう)の声に尚(まさ)れり。孟子(もうし)曰(いわ)く、何(なに)を以(もっ)て之(これ)を言(い)うや。曰(いわ)く、追(つい)の蠡(か)せるを以(もっ)てなり。曰(いわ)く、是(こ)れ奚(なに)ぞ足(た)らんや。城門(じょうもん)の軌(あと)は、両馬(りょうば)の力(ちから)ならんや」


注釈

  • 禹(う)・文王(ぶんおう)…共に古代中国の聖王。禹は治水で有名な夏王朝の創始者、文王は周王朝の基礎を築いた王。
  • 声(せい)…ここでは音楽、礼楽の文化を指す。
  • 追(つい)…鐘の上部にある取っ手。
  • 蠡(か)せる…虫食いのようにすり減っている状態。
  • 両馬(りょうば)…二頭立ての馬車。車輪の跡の深さを、一台の馬車の力と誤解していることを揶揄した表現。
目次

1. 原文

高子曰、禹之聲、尙文王之聲。
孟子曰、何以言之。
曰、以追蠡。
曰、是奚足哉。城門之軌、兩馬之力與。


2. 書き下し文

高子(こうし)曰(いわ)く、禹(う)の声(こえ)は、文王(ぶんおう)の声に尚(まさ)れり。
孟子(もうし)曰く、何を以(もっ)て之(これ)を言うや。
曰く、追(お)いし蠡(ひさご)を以てなり。
曰く、是(こ)れ奚(なん)ぞ足(た)らんや。城門(じょうもん)の軌(わだち)は、両馬(りょうば)の力なるや。


3. 現代語訳(逐語訳/一文ずつ訳)

  • 高子曰、禹之声、尚文王之声
     → 高子が言った。「禹の声は、文王の声よりも勝っていたと思います。」
  • 孟子曰、何以言之
     → 孟子が尋ねた。「何を根拠にそう言うのか?」
  • 曰、以追蠡
     → 高子は答えた。「禹を追ったとき、ひさご(瓢箪)を落とした音を聞いたからです。」
  • 曰、是奚足哉
     → 孟子は言った。「そんなものが、何の根拠になるというのか?」
  • 城門之軌、兩馬之力與
     → 「城門の轍(わだち)は、たった二頭の馬の力でできたものだと思うのか?」

4. 用語解説

  • 禹(う):古代中国の伝説的聖王。治水の功績で知られる。
  • 文王(ぶんおう):周の文王。徳治の理想を体現した王とされる。
  • 声(こえ):ここでは「声望」「徳の影響力」などの比喩。
  • 尚(まされり):勝っている、優れている。
  • 蠡(ひさご):瓢箪(ひょうたん)。ここでは器が落ちた音。
  • 城門之軌(じょうもんのき):城門の前に残る深い車輪の轍(わだち)。
  • 兩馬之力與(りょうばのりきか):わずか二頭の馬の力でできたものだろうか?という反語。

5. 全体の現代語訳(まとめ)

高子は「禹の声(=影響力)は、文王よりも優れていた」と言った。
それに対して孟子は、「どうしてそう言えるのか」と問うと、
高子は「禹を追ったとき、ひさごが落ちた音を聞いたから」と答える。
孟子はその根拠を否定して言った。
「そんな小さなことで何がわかるのか。
深く刻まれた轍(わだち)があるとして、それがたった二頭の馬の力によるものと思うのか?」


6. 解釈と現代的意義

この章句は、**「本質を見ずに現象で判断することの愚かさ」**を鋭く指摘しています。

  • 高子は、わずかな外的観察から「禹のほうが偉大だ」と早計な評価を下す。
  • 孟子はそれに対して、「深い結果(轍)」を生んだ背景には、多くの力や要因があったことを見よと諭しています。

つまり、表面的な現象や一時的なインパクトだけを見て評価するのではなく、本質・積み重ね・背景を重視すべきだという教訓が込められています。


7. ビジネスにおける解釈と適用(個別解説付き)

「成果の“見える化”に騙されるな」

  • 一見インパクトのある実績、話題性のあるプレゼン、派手な企画──それらは“蠡の音”にすぎないかもしれない。
  • 真の価値は、“どれだけの力と継続で深い轍を刻んだか”にある。

「リーダーの評価は、深い轍に宿る」

  • 声が大きい、動きが派手、というだけでリーダーを評価するのは危険。
  • 長期的に組織文化や部下育成に貢献したか、“目に見えない実績”を読み取る視点が求められる。

「洞察なき判断は浅はか」

  • 組織や市場の現象を“短絡的に”分析すると、誤った戦略を導きかねない。
  • 小さな事象の背後にある構造や力を想像・分析する「深い読み」が必要。

8. ビジネス用の心得タイトル

「音に惑わされず、轍を見よ──浅知恵より深い洞察を」


この章句は、「現象」と「本質」の見極め力が、優れた判断力や戦略思考の鍵であることを、比喩的に教えてくれます。


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