—君が臣を信じてこそ、臣は力を尽くす
魏徴は上奏し、君主と臣下の関係は「頭と手足」であり、共に調和してこそ健全な国家が成り立つと説いた。
君主が臣を信じて大任を委ね、臣はその信に報いて忠義を尽くす。
だが信を欠いたままでは、節義も道徳も立たず、国家の基盤は揺らぐ。
太宗の治世を理想へと導くには、地位の高低や縁故を問わず、賢者を知り、正しく遇し、意見を汲み上げる政治が求められる。
信なき支配は、偽りを呼び、偽りはやがて国を滅ぼす。
原文(ふりがな付き引用)
「君(きみ)は元首(げんしゅ)、臣(しん)は股肱(ここう)。
心を斉(ひと)しくして合えば、これを一体(いったい)となし、体が備わらねば、人となることなし」
…
「君、臣を手足の如(ごと)くすれば、臣は君を腹心(ふくしん)の如くす。
君、臣を犬馬の如くすれば、臣は君を国人(こくじん)の如くす。
君、臣を糞土(ふんど)の如くすれば、臣は君を仇讐(きゅうしゅう)の如くす」
注釈
- 股肱(ここう):身体の要となる手足。転じて、君主を補佐する重臣のたとえ。
- 斉心合体(せいしんがったい):心を合わせて一体となること。理想の君臣関係。
- 晏子(あんし)・孟子・荀子・孔子:それぞれ諫言・信頼・政治礼儀の古典的典拠。
- 詩経・書経・礼記・左氏伝:古典の引用多数あり、信頼の倫理と政治原則が網羅される。
教訓の核心
- 信頼なき支配は、疑念と矯飾(ごまかし)を育てる。
- 君が臣を糞土のごとく扱えば、臣は君を仇敵のように思う。
- 大臣を任ずるなら、小事で咎めるな。小臣を重んじすぎれば、政の均衡は崩れる。
- 法や処罰の濫用は、節義を損ない、偽りを国風とする。
- 信じて任せ、礼を尽くしてこそ、忠義と真心が返ってくる。
題材章句:
『貞観政要』巻一「貞観十四年 魏徴の諫言」
1. 原文(冒頭部分のみ先に取り上げて整理)
貞觀十四年、特魏徵上疏曰、
臣聞君爲元首、臣作股肱。齊同心、合而爲體、體或不備、未有能安者。
2. 書き下し文
貞観十四年、特に魏徴(ぎちょう)上疏して曰く、
「臣(しん)聞く、君は元首(げんしゅ)と為(な)り、臣は股肱(ここう)と作(な)す。同心を齊(ととの)え、合して体(たい)を為す。体或いは備わらざれば、未(いま)だ能(よ)く安んずる者有らざるなり。」
3. 現代語訳(逐語/一文ずつ訳)
- 「貞観十四年、特に魏徴が上表文を奉じてこう述べた」
→ 唐の太宗に向けて、魏徴が諫言のための文書を奉った。 - 「私は聞いております。君主は国家の“頭”であり、臣下は“手足”であると。」
→ 組織における比喩として、君主を“中枢”とし、臣下を“実行部隊”とする。 - 「心をひとつにして調和すれば、一つの身体となる。だがその体に不具合があれば、うまく機能しない。」
→ 組織の一致協力と、部分的な欠損の影響について述べている。
4. 用語解説
- 元首(げんしゅ):体の「首」にたとえられる君主。統率の中心。
- 股肱(ここう):太ももと腕=最も重要な体の部分。優秀な補佐官。
- 合而爲體(ごうじてたいをなす):共同して一体の機能を果たすという比喩。
- 體或不備(たいあるいはそなわらず):体に不備があること、つまり臣下の機能が不完全なこと。
5. 全体の現代語訳(まとめ)
「貞観十四年、魏徴が太宗に上表してこう言った:
『君主は国家の頭であり、臣下は手足にあたります。両者が心を一つにしてこそ、国家という身体が成立します。どこか一部でも欠ければ、正常に機能しないのです。』」
6. 解釈と現代的意義
この言葉は、リーダーと組織構成員との信頼と協働の重要性を説いています。
リーダーがどれほど優秀でも、現場の実働部隊との連携がなければ成果は出ない。逆に、部下が有能であっても、上が独断的で耳を貸さなければ、組織は機能しない。
これは単なる忠誠論ではなく、機能的協調性の倫理であり、現代にも通じるリーダー論の原点です。
7. ビジネスにおける解釈と適用(個別解説付き)
A. 経営層と現場の協働構造
- 経営者は「方針」を定め、現場は「実行」を担う。その二者が心を一つにしてこそ、企業は“組織体”として機能する。
B. 一部の不調が全体に及ぼす影響
- どれほど他が優れていても、営業・製造・サポートなど、どれか一部に不備があれば全体の成果は得られない。
C. 組織における“体制整備”の重要性
- 優秀な個人に頼るのではなく、信頼と役割分担が明確なチームを整える必要性。
8. ビジネス用の心得タイトル
「首が高くても、手足なければ動かぬ──組織は信頼と役割で動く」
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