病気になって初めて健康のありがたさに気づく。
戦乱に巻き込まれて、ようやく平和の尊さを思い知る――
これでは、決して「先見の明」があるとは言えない。
それはただ、失ってから気づく“後知恵”に過ぎないからである。
本当に卓越した見識を持つ人は、
幸福を願うその心の中に、すでに不幸の種があることを知っている。
また、長寿を求めるその執着心が、かえって命を縮める原因になりうることも理解している。
だからこそ、そうした人は、まだ災いが見えていないうちに予防し、
何事も“ほどよく”保つという「中庸」の道を歩む。
「病(やまい)に遇(あ)いて後(のち)に、強(けん)の宝(たから)為(た)るを思(おも)い、乱(みだ)れに処(しょ)して後に、平(たいら)かの福(ふく)為るを思うは、蚤智(そうち)に非(あら)ざるなり。福(ふく)を倖(ねが)いて先(ま)ず其(そ)の禍(わざわい)の本(もと)為(た)るを知(し)り、生(せい)を貪(むさぼ)りて、先ず其の死(し)の因(いん)為るを知るは、其(そ)れ卓見(たっけん)なるかな。」
※注:
- 「蚤智(そうち)」…早くから物事を見通す力。先見の明。孔子も『論語』で「遠き慮り無ければ、必ず近き憂え有り」と述べている。
- 「倖(ねが)う」…強く求めること。特別な手段(不老薬など)で得ようとする意味も含む。
- 「中庸」…極端に走らず、どんな事にも適度・適正を心がける生き方。菜根譚の精神と深く通じる。
1. 原文
病而後思強之爲寶、處亂而後思平之爲福、非蚤智也。倖福而先知其爲禍之本、貪生而先知其爲死之因、其卓見乎。
2. 書き下し文
病(や)みに遇(あ)いて後(のち)に強(つよ)きを宝と為(な)すを思(おも)い、乱(みだ)れに処(お)いて後に平(たい)らかなるを福と為すを思うは、蚤智(そうち)に非(あら)ざるなり。
福(ふく)いを倖(こう)いて、先(ま)ず其(そ)の禍(わざわい)の本(もと)たるを知り、生(せい)を貪(むさぼ)りて、先ず其の死(し)の因(いん)たるを知るは、其れ卓見(たっけん)なるかな。
3. 現代語訳(逐語/一文ずつ訳)
- 「病気になってから初めて、健康が宝だったと思い知り、」
- 「世が乱れてからようやく、平和のありがたさを実感する──これは“早い知恵”とは言えない」
- 「幸せを得ているときに、あらかじめそれが災いの種になるかもしれないと察知する、」
- 「生に執着しているときに、すでにそれが死への因であることに気づいている──それこそ真の先見である」
4. 用語解説
- 蚤智(そうち):「早く気づく智慧」。事が起こる前に察知して備える賢明さ。
- 倖福(こうふく):思いがけず幸福を得ること。
- 禍之本(わざわいのもと):一見幸福に見えることが、災いの原因にもなる。
- 貪生(どんせい):生に執着すること。命への過剰な愛着。
- 死之因(しのいん):過剰な執着がかえって破滅を招く原因となる。
- 卓見(たっけん):卓越した見識。深く鋭い洞察。
5. 全体の現代語訳(まとめ)
病気になってはじめて健康の価値に気づき、世が乱れてはじめて平和のありがたさを実感する──これでは“賢明な人”とは言えない。
それに対し、幸福の中にあってもすでにそれが災いの種かもしれないと見抜き、生に執着しながらもそれが死を招く原因かもしれないと察知できる人こそ、真に深い洞察を持つ人である。
6. 解釈と現代的意義
この章句は、**「後悔してから気づくのでは遅い。予測と内省による先見こそが真の知恵だ」**と教えています。
- 人は健康・平和・幸福に慣れると、それが失われたときにしか気づけない。
- しかし、先に危うさを感じ取れる者こそが、真に準備ができている人間である。
- 幸せや好調な時にこそ、「それが続く保証はない」と自戒し、構えを持つ心が重要。
これは、東洋的な「中庸」や「無常観」に根ざした思考法であり、ビジネスにおいても極めて有効です。
7. ビジネスにおける解釈と適用
✅ 「うまくいっているときにリスクを見よ」
成長・好業績の時ほど、リスクの芽は見過ごされる。だからこそ“絶好調の時こそ点検”が必要。
✅ 「成功に慢心しない者が、持続可能な組織をつくる」
成功=安定と錯覚すれば、油断・惰性・内部腐敗を招く。慎重な見通しが、危機を防ぐ。
✅ 「予測力こそ、現代のリーダーの条件」
危機が起こってからの対処では“凡庸”。まだ見えないリスクを察知し、先手で打つことが“卓見”である。
8. ビジネス用の心得タイトル
「好調の中にこそ危機を見る──それが卓見のリーダー」
この章句は、リスクマネジメント研修、経営戦略における予兆管理、また危機対応型リーダーシップ育成などに活用できます。
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