「利益よりも正道を──“仁義”が人と組織の信頼を築く」
孟子は、仁のある者は親を見捨てず、義のある者は君主をないがしろにしないと説いた。
「仁」とは人を思いやる心であり、「義」とは正しさを貫く行いである。
親を思いやる気持ちがある者が、親を見捨てることなどない。君に対して忠義を尽くす者が、利己的な理由で主君を後回しにすることもない。
だからこそ、王もまた利益の話などせず、ただ「仁義」を語るべきなのだと、孟子は力強く促す。
仁義は理想論でも空論でもない。人間として正しく生きる根本の姿であり、それを行えば、自然と正しい秩序が生まれる。
孟子はそれを「徳治(とくち)」の実践原理として捉え、説いたのである。
三部構成の締めくくりとして
この章句は、「仁義のみを行え」(1−1)、「利を先にすれば国は滅ぶ」(1−2)という二つの警告を経たうえで、なぜ仁義が具体的かつ実効性のある行為なのかを示した「着地」にあたる部分である。
孟子はここで、「仁義を語ることが単なる理想ではない」ことを明示している。親を思えば行動にあらわれ、義を重んじる者は君に尽くす。それが実生活に直結するのだと。
これは今日のリーダーやビジネスパーソンにとっても、「理念(ミッション・ビジョン)と行動の一致」が問われる現代に重なる深いメッセージである。
原文
未仁而遺其親者也、
未義而後其君者也、
王亦曰仁義而已矣、何必曰利。
書き下し文
未(いま)だ仁(じん)にして其(そ)の親(おや)を遺(す)つる者(もの)は有(あ)らざるなり。
未だ義(ぎ)にして其の君(きみ)を後(あと)にする者は有らざるなり。
王(おう)も亦(また)仁義(じんぎ)と曰(い)わんのみ。
何(なん)ぞ必(かなら)ずしも利(り)を曰わん。
現代語訳(逐語・一文ずつ訳)
- 「未(いま)だ仁(じん)にして其(そ)の親(おや)を遺(す)つる者(もの)は有(あ)らざるなり。」
→ 人としての思いやり(仁)を備えていながら、自分の親を見捨てる者はいない。 - 「未だ義(ぎ)にして其の君(きみ)を後(あと)にする者は有らざるなり。」
→ 正義を心得ている者が、自分の主君を後回しにするようなことはない。 - 「王(おう)も亦(また)仁義(じんぎ)と曰(い)わんのみ。何(なん)ぞ必(かなら)ずしも利(り)を曰わん。」
→ 王もまた「仁義が大切である」と言えばよいのであって、なぜ“利益”などと言わねばならぬのか。
全体の現代語訳(まとめ)
仁を持つ人が、自分の親を見捨てることはない。
義を心得る人が、自分の主君を軽んじることもない。
だから王よ、あなたも「仁義こそが大切だ」と言えばよいのだ。
なぜ、わざわざ“利益”という言葉を持ち出す必要があるのか。
用語解説
- 遺つる(うしなう):ここでは「見捨てる」「顧みない」の意。
- 仁(じん):思いやり・親愛・慈しみの心。家族への愛から広く人間愛へとつながる徳目。
- 義(ぎ):正義・筋道・なすべき道。個人的損得を超えて公正さを守る精神。
- 後(あと)にする:重要性・優先順位を低く扱うこと。軽視すること。
- 仁義と曰わんのみ:「仁義こそ語るべきである」という意味の強調表現。
解釈と現代的意義
孟子はこの章句で、道徳的な原則(仁義)が自然と社会秩序と人間関係の正しさをもたらすことを説いている。
「仁」は親を大切にする心に現れ、「義」は上司やリーダーに対する忠誠や公正な行動に現れるという具体例を通じて、道徳の実用性を論証している。
つまり、仁義を実践していれば、人間関係は自然と正しいものとなり、社会の秩序も安定する。
だからこそ、あえて「利(もうけ・得)」という表面的な動機づけを持ち出す必要などないと強く戒めているのです。
ビジネスにおける解釈と適用(個別解説付き)
- 「親を捨てない仁」「上司を尊重する義」は信頼と秩序の基盤
社内において、部下が上司を軽視したり、身内を蔑ろにするような行動が広がれば、組織全体のモラルが崩壊します。
仁義に基づく行動は、信頼を築き、チームとしての連帯感を高めます。 - 「利益の前に人として正しい行動を」
例えばコスト削減のために従業員を雑に扱ったり、顧客の誠意を無視することは、短期的には得でも長期的には損です。
仁義を優先する経営は、従業員満足・顧客信頼・社会的評価の持続的向上につながります。 - 経営者・リーダーが語るべきは「仁義」
リーダーが「売上」「利益」の話ばかりすると、組織は「得になるかどうか」で動くようになってしまう。
組織文化を育むためには、リーダーが「何が人として正しいか」「何を大切にするか」を語る必要があります。
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