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■引用原文(日本語訳)
愚かな者は、実にそぐわぬ虚しい尊敬を得ようと願うであろう。
修行僧らのあいだでは上位を得ようとし、僧房にあっては権勢を得ようとし、
他人の家に行っては供養を得ようと願うであろう。
——『ダンマパダ』第5章 第73偈
■逐語訳
- 愚かな者は:真理を理解せず、自己中心的な動機で行動する者は、
- 実にそぐわぬ虚しい尊敬を得ようと願う:中身の伴わない立場や名声を欲しがり、尊敬を強要する。
- 修行僧らのあいだでは上位を得ようとし:僧侶の中で序列や優位に立とうと競争する。
- 僧房にあっては権勢を得ようとし:僧団の中で権力を握りたがる。
- 他人の家に行っては供養を得ようと願う:在家者から贈り物や物資をもらうことを目的に動く。
■用語解説
- 尊敬(ガールヴァ):本来は徳と智慧に基づく自然な敬意。
- 上位・権勢:仏道では本来放棄されるべき「優劣」「支配欲」の象徴。
- 供養(ダーナ):在家者が出家者に対して施す食物や衣類などの支援行為。
- 虚しい尊敬:内実を伴わず、外面的・形式的に求められる名声や評価。
■全体の現代語訳(まとめ)
愚かな者は、ふさわしくもないのに、他人からの尊敬や評価を欲しがる。
修行者の集まりでは目立ち、序列で上位になりたいと望み、
僧団の中では権力を得たがり、
在家者の家に行けば、供養や物品を得ようと働きかける。
その行動はすべて、内面的な修行ではなく「欲望」によって動かされている。
■解釈と現代的意義
この偈は、**「修行の名を借りた利己的な動機」**を強く戒めています。
仏教では、修行や学びの道は「欲を離れること」を目的とします。
しかし、愚かな者はその修行すらも「名誉・支配・物欲」などのための手段に変えてしまう。
この偈は、形式や役職、名声ではなく、内なる誠実さと動機の純粋さこそが本質であると、静かに、しかし厳しく告げています。
■ビジネスにおける解釈と適用
観点 | 適用例 |
---|---|
リーダーシップ | 役職や肩書きを誇示したがる者は、本質的な信頼を得られず、組織に害をなす。 |
評価の誤用 | 外面だけを取り繕って評価や昇進を狙う人は、やがて組織文化を歪ませる。 |
マネジメント | 名声や立場を求めることを目標にしているリーダーは、部下の尊敬を得られない。 |
自己認識 | 「成果」ではなく「賞賛」を求める姿勢は、自他ともに成長を阻む要因となる。 |
■心得まとめ
「求めるのではなく、徳を積め」
真の尊敬とは、求めることで得られるものではなく、
日々の誠実な行いと謙虚な姿勢によって自然と生まれるもの。
虚栄や権力欲に心を支配されれば、修行も仕事も空虚なものとなる。
だからこそ――“求めるな、与えよ。見られるな、成れ。”
この姿勢が、尊敬される人間をつくる本当の道である。
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