富国強兵ではなく、王道政治を目指すことが真の良臣の務め
孟子は言った。
「今、君に仕えている者たちは言います。『私は君のために土地を開墾し、租税を増加させて府庫を満たした』と。こうした人物を良臣だと言っていますが、実際はこれこそ民をしいたげる者、すなわち民の賊であったのです。君が正しい道を歩まず、仁に志さないまま、その状態を正そうともせず、ただ富を追求しているのであれば、それは暴君桀王を富ませる行為に他なりません。」
孟子はさらに続けます。
「また、君に仕える者の中には、『私は君のために同盟国を作り、戦争で必ず勝つ』と言う者もいます。このような者も今では良臣とされていますが、古の時代で言えば、それは民の賊と同じです。君が正しい道を歩まず、仁に志を持たない状態で、それを正そうともせず、ただ戦争をして強くなることを目指しているなら、それは桀王を助ける行為に過ぎません。」
孟子はさらに強く警告します。
「今の道を進み、今の風俗を改めようとしないならば、たとえ君に天下を与えたとしても、その君が一日たりともその地位を保つことはできないでしょう。」
孟子は、君主に仕える者が真に良い政治を行うためには、富国強兵ではなく、仁と道を基盤にした王道政治を実現することが重要だと説いています。
原文と読み下し
曰、吾明吿子、天子之地方千里、不千里、不足以待諸侯、諸侯之地方百里、不百里、不足以守宗廟之典籍、
公之封於魯、為方百里也、地非不足、而儉於百里、太公之封於齊也、亦為方百里也、地非不足也、而儉於百里、
今、魯方百里者五、子以為、王者作、則魯在損乎、在益乎、徒取諸彼以與此、然且仁者不為、況於殺人以求之乎、
君子之事君也、務引其君、以當志於仁而已。
孟子(もうし)は曰(いわ)く、「今の君に事うる者は曰(いわ)く、我能く君の為に土地を辟き、府庫を充たす、と。今の所謂(いわゆる)良臣は、古の所謂(いわゆる)民の賊なり。君、道に郷(むか)わず、仁に志さざるに、而も之を富まさんことを求む。是れ桀を富ますなり。我能く君の為に与国を約し、戦えば必ず克つ、と。今の所謂良臣は、古の所謂民の賊なり。君、道に郷わず、仁に志さざるに、而も之が為に強戦せんことを求む。是れ桀を輔くるなり。今の道に由り、今の俗を変ずること無くば、之に天下を与うと雖も、一朝も居ること能わざるなり。」
※注:
- 辟き(ひらき):土地を開墾すること。
- 郷わず(むかわず):道に従わないこと。正しい道を歩まない。
- 与国を約し(よくこくをやくし):同盟国を結ぶこと。
- 強戦(きょうせん):戦争を強化すること、または戦争を行うこと。
- 一朝(いっちょう):短期間。ここでは「一日」を指す。
パーマリンク案(英語スラッグ)
true-ministers-guide-to-kingly-rule
(真の良臣は王道政治を導く)wealth-and-strength-not-the-way
(富と強さが道ではない)a-minister-should-seek-virtue-not-war
(良臣は戦争ではなく徳を求めるべき)
この章では、孟子が君主に仕える者の責任を強調し、真の良臣とは戦争による富の追求ではなく、王道政治を導く者であるべきだと述べています。
『孟子』尽心章句下より
1. 原文
孟子曰、今之事君者曰、我能爲君辟土地、充府庫、
今之謂良臣、古之謂民賊也。
君、不鄕道、不志於仁、而求富之、是富桀也。
我能爲君約與國、戰必克、
今之謂良臣、古之謂民賊也。
君、不鄕道、不志於仁、而求爲之強戰、是輔桀也。
由今之道、無變今之俗、
雖與之天下、不能一朝居也。
2. 書き下し文
孟子曰く、今の君に事(つか)うる者は曰(い)わく、
「我、能く君のために土地を辟(さ)き、府庫を充たす」と。
今の謂うところの良臣は、古の謂うところの民の賊なり。
君、道に郷(むか)わず、仁に志さざるに、しかも之を富まさんことを求む。
これは桀(けつ)を富ますなり。
「我、能く君のために国と和し、戦えば必ず勝たしむ」と。
今の謂うところの良臣は、古の謂うところの民の賊なり。
君、道に郷わず、仁に志さざるに、しかもこれがために強く戦わせんことを求む。
これは桀を輔(たす)くるなり。
今の道に由りて、今の俗を変ずることなければ、
これに天下を与うるといえども、一朝も居ること能わざるなり。
3. 現代語訳(逐語/一文ずつ)
- 孟子は言った。「今、君主に仕える者がこう言う。
“私は君のために領土を広げ、倉庫を満たすことができます”と。」 - 「しかし今の“よき家臣”と呼ばれている者は、古の“民を害する者”と同じである。」
- 「君主が道義に向かわず、仁を志さないままに、富ませようとすることは、
暴君・桀を富ませるのと同じである。」 - 「“私は君のために外交を整え、戦えば必ず勝利させましょう”という者もいる。」
- 「これもまた、今でこそ“良き家臣”と称されるが、古人の目から見れば民の敵である。」
- 「道に向かおうとせず、仁に志さない君主に対して、戦争の力を貸すのは、
暴君・桀を助けることに他ならない。」 - 「今のやり方に従い、今の風俗を改めないままでいるならば、
たとえ天下を与えられても、たった一日たりともそれを維持できはしない。」
4. 用語解説
用語 | 解説 |
---|---|
辟土地(へきとち) | 領土を広げること。侵略による拡張も含意する。 |
府庫(ふこ) | 倉庫・国庫。物資・財政の豊かさの象徴。 |
良臣(りょうしん) | 表向きには「優れた家臣」だが、孟子はこれを批判的に使用。 |
民賊(みんぞく) | 民の敵。民衆を苦しめる悪人・害となる存在。 |
桀(けつ) | 暴君の代表例。夏王朝を滅ぼしたとされる。 |
強戦(きょうせん) | 武力による強硬な戦争。 |
一朝(いっちょう) | 一日。一時の間。 |
5. 全体の現代語訳(まとめ)
孟子はこう語る。
「今の家臣は、君主に対して“領土を広げ、財を満たして差し上げます”と言うが、
道徳も仁義も志さない君にそれを施すのは、暴君を太らせるのと同じことである。
また、“戦えば必ず勝たせます”と言う家臣もいるが、
同じく仁義を欠く君主に力を貸すのは、暴君を助長するだけだ。
このような行いは、古の基準では“民の賊”とされていたものである。
現代の悪しき習俗をそのままにし、正道に立ち返ることなくしては、
たとえ天下を与えられようと、それを一日たりとも守ることはできない。」
6. 解釈と現代的意義
この章句が訴えているのは、「成果偏重・道徳軽視の危うさ」です。
- 名声や権力・利益を得ること自体が目的化してしまった時、
本来の“正義・道義”が置き去りになり、結果として破滅する。 - 組織や国家においては、「誰のために」「何のために」動くかが非常に重要であり、
それを見誤れば、優秀な人材も“害悪”となる。
7. ビジネスにおける解釈と適用(個別解説)
❖ 「成果至上主義の落とし穴」
- 数字を上げる/利益を拡大することが評価されすぎると、倫理が軽視されやすくなる。
- 正義や誠実さを無視して成果を追う人材は、一見「良臣」に見えても「組織の敵」になる。
❖ 「上司に迎合する人材が“本当に良い人材”かを問え」
- リーダーが暴走していても、言われた通りに“戦って勝ち”“利益を上げる”人は危険。
- 本来の良臣は、リーダーに諫言し、正しい方向へ導く者である。
❖ 「変革なき組織には未来がない」
- 悪しき習慣・風土(不正・忖度・利益偏重)をそのままにしていれば、どんな体制も一日たりとも持たない。
- 文化改革・倫理浸透が“持続可能な組織”の鍵である。
8. ビジネス用心得タイトル
「仁なき成果は害──“優秀な裏切り者”に注意せよ」
この章句は、「誠実な補佐・道義の指針・組織文化の刷新」という視点から、
経営やリーダーシップに深い示唆を与えてくれます。
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