孟子は、「恭倹(きょうけん)――慎みと倹しさ」の徳について、本物と偽物の違いを明確に示している。
- **「恭者(きょうしゃ)」**は、自らを慎み、へりくだる人であり、他人を決して侮らない。
- **「倹者(けんしゃ)」**は、慎ましく倹約する人であり、他人から物を奪おうとはしない。
ところが、人を侮り、物を奪うような君主がいる。
彼らはただ、人々が自分に従順でなくなることを恐れているだけであり、心の奥底には徳がない。
そんな者が、どうして「恭けん」と言えるだろうか?
孟子は断言する:
恭倹とは、心の中からにじみ出るものであって、声の調子や、つくり笑い、うわべの礼儀で成り立つものではない。
これは、形式的な礼儀や演出された笑顔では、人の徳や信頼を得ることはできないという厳しい教訓である。
原文(ふりがな付き)
孟子(もうし)曰(いわ)く、
恭者(きょうしゃ)は人(ひと)を侮(あなど)らず。
倹者(けんしゃ)は人より奪(うば)わず。
人を侮り奪うの君(きみ)は、
惟(ただ)順(したが)わざらんことを恐(おそ)る。
悪(いずく)んぞ恭倹(きょうけん)と為(な)すを得(う)ん。
恭倹は、豈(あ)に声音(せいおん)笑貌(しょうぼう)を以(もっ)て為すべけんや。
注釈
- 恭者(きょうしゃ):礼を重んじ、へりくだる人。謙虚な姿勢が内面からにじむ人物。
- 倹者(けんしゃ):無駄をせず、自らを律する人。物に対する欲を抑えることができる人物。
- 声音(せいおん):話し方や声色。言葉の調子や抑揚。ここでは偽りの作為を意味する。
- 笑貌(しょうぼう):作り笑い。見せかけの柔和さ。
- 惟順わざらんことを恐る:支配下の者が従順でなくなることへの恐怖。徳ではなく恐怖による支配を意味する。
パーマリンク案(英語スラッグ)
- true-humility-cannot-be-faked(本物の謙虚は偽れない)
- respect-and-restraint-come-from-within(恭倹は心から)
- deceitful-rulers-fear-defiance(偽りの君主は不服従を恐れる)
- empty-gestures-hide-no-truth(うわべだけでは徳はない)
この章は、徳とは見せかけの振る舞いではなく、内面の真実であるという孟子の一貫した倫理観を、端的に示しています。
君主や上に立つ者が礼儀正しく見えることよりも、人を侮らず、奪わず、心から慎むことこそが、真の「恭倹」であるという深い教えです。
原文
孟子曰、恭者不侮人、儉者不奪人、侮奪人之君、惟不順焉、惡得爲恭儉、恭儉豈可以聲笑貌爲哉。
書き下し文
孟子曰(いわ)く、
恭(うやうや)しき者は人を侮(あなど)らず。倹(つづま)しき者は人より奪わず。
人を侮り奪うの君は、惟だ順わざらんことを恐る。
悪(いずく)んぞ恭倹と為すを得ん。
恭倹は、豈に声音(こわね)・笑貌(えがお)を以て為すべけんや。
現代語訳(逐語/一文ずつ)
- 孟子は言った:
- 「本当に礼儀をわきまえた人(恭者)は、人を侮らない。
- 本当に倹約を重んじる人(倹者)は、人から奪おうとはしない。
- しかし、人を侮ったり、他人から搾取するような君主(上司)は、
ただ自分に逆らわれるのを恐れているだけであり、
そんな者がどうして“恭しく・倹しい”などと呼べるだろうか?」 - 「恭倹(礼儀と倹約)とは、単に優しげな声や笑顔の表情で済まされるものではないのだ。」
用語解説
用語 | 意味 |
---|---|
恭者(うやうやしきもの) | 礼儀を持ち、他者を敬う心を持つ人。 |
倹者(つづましきもの) | 私欲を抑え、無駄を省くことができる慎ましい人。 |
侮奪(ぶだつ) | 他人を軽んじ、奪う。権力による横暴な支配を意味する。 |
声音(せいおん) | 声の調子、話し方。 |
笑貌(しょうぼう) | にこやかな表情。見かけ上の優しさ。 |
全体の現代語訳(まとめ)
孟子はこう語った:
「本当に礼儀正しい人は、人を侮らない。
慎ましく生きる人は、人から奪おうとしない。
しかし、人を侮り、搾取しながら、ただ他人が自分に逆らうことだけを恐れているような君主が、
どうして“恭しく倹しい”と言えるだろうか?
礼儀や倹約というのは、ただ丁寧な口調やにこやかな顔つきで演じるようなものではない。
中身が伴ってこそ本物なのだ。」
解釈と現代的意義
この章句では、「表面的な品位」ではなく「内面の誠実さ」こそが本物の礼儀・慎ましさであることを説いています。
1. 本物の「恭倹」は行動と内面から現れる
- 礼儀(恭)とは、他者を尊重し、侮らないこと。
- 倹約(倹)とは、自分の欲望を抑え、他人の利益を侵さないこと。
- それが伴って初めて、礼儀正しい・慎ましいと言える。
2. “逆らわれるのを恐れる”のはリーダー失格
- 侮り・奪いながら、表面的な笑顔や穏やかな声で誤魔化すリーダーは、真に敬われない。
- それは「支配」であり、「恭倹」ではない。
3. 見かけの丁寧さに騙されるな
- 礼儀・倹約はポーズやトークではなく、態度と実践。
- 一見優しそうな人が他者を搾取する──そうした“見せかけ”の危うさを孟子は戒めています。
ビジネスにおける解釈と適用
1. “恭倹”を掲げるなら、行動で示せ
- リーダーやマネージャーが「部下を大切にしている」「節度ある経営」と言うなら、
それは実際の施策・制度・態度で現れるべき。
2. 言葉が丁寧でも、搾取していれば“非恭非倹”
- パワハラ的なマネジメントや過度な搾取(長時間労働)を伴いながら、
「よく頑張ってるね」と優しく言うのは、欺瞞的リーダーシップの典型。
3. 部下や社員に真に敬われるために
- 相手を敬う姿勢(=侮らぬ態度)、利を奪わぬ配慮(=過剰搾取の否定)こそが、
本当の「恭儉(きょうけん)」な経営・組織文化の礎である。
ビジネス用心得タイトル
「“声と笑顔”では信頼は築けない──礼と節の本質は行動に宿る」
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