一、原文の引用
松平大和殿へ綱茂公そのほか御客夜会、御旗本老人北見久太夫殿相越され、古戦の話これあり。
夜更け候てより、給仕の小姓銚子を持ち、つまづき候て、久太夫殿膝に酒を打ち懸け、無興にて赤面致し罷立ち候。
余の小姓罷出で、久太夫殿を次の間へ引き立て、衣裳着せ替へ、跡取り仕舞ひ候。
後に吟味これあり候処、極老の人長座にて、居ながら小用にひたり、御座に流れ居り申し候故、わざと酒を打ち懸け、紛らかし候由に付、小姓へ褒美これあり候由。
二、書き下し文
松平大和守殿の夜会に、鍋島綱茂公らが招かれ、老旗本・北見久太夫も出席していた。
宴が更けた頃、給仕の小姓が銚子を運ぶ途中でつまずき、久太夫の膝に酒をかけてしまった。
小姓は赤面しその場を離れたが、別の小姓が現れ、久太夫を次の間へ案内し着替えを済ませた。
後に調べたところ、久太夫が長く座っていたため、無意識に小便を漏らしていたのを小姓たちが察し、酒をかけてごまかしたのだった。
その機転に対し、小姓たちは褒美を受けたという。
三、現代語訳(まとめ)
松平家の夜会にて、老旗本が酒席中に失禁してしまった。
それに気づいた若い小姓たちは、すぐに一人がわざと酒をこぼすふりをして恥を隠し、もう一人が速やかに後始末をした。
後日それが思いやりと機転による行動であったと明らかになり、彼らは褒美を与えられた。
四、用語解説
- 小姓(こしょう):武士や大名に仕える少年従者。
- 久太夫(きゅうだゆう):老人武士。逸話では失禁をしてしまった本人。
- 紛らかす:真相を目立たせず、うまくとりつくろうこと。
- 長座(ちょうざ):長時間座り続けること。
- 褒美:功績や美徳に報いる賞与。
五、解釈と現代的意義
この逸話は、恥をかかせぬ配慮=真の思いやりを象徴的に示しています。
小姓たちは老人の失態を責めることなく、咄嗟に「本人の名誉」を守る行動に出ました。それは礼儀や形式ではなく、「人の立場に立った本質的な配慮」から生まれたものでした。
このような姿勢は、現代社会においても極めて重要です。他人の失敗や弱さをあげつらうのではなく、それを包み、傷つけずに処理する能力こそが、真に成熟した社会人・人間関係を支える礎なのです。
六、ビジネスにおける解釈と適用
項目 | 解釈・適用内容 |
---|---|
マネジメント | 部下や顧客のミスや不手際を公にせず、本人の尊厳を守る言動で支える。例:会議中の失言をうまくフォローして空気を和らげる。 |
サービス業 | 顧客の誤りや恥を感じる状況を、気づかせず自然に処理する。例:衣服の汚れやトラブルをさりげなくケア。 |
クレーム対応 | 相手を責めず、問題を中和する言い回しと態度をもって応対する。相手の「立場」を守る配慮。 |
チームワーク | 仲間のミスをフォローしつつ、評価を下げぬような表現・行動をとる。功は共有し、責任は背負う姿勢。 |
危機管理 | 「真実」よりも「状況をどう収めるか」を優先し、事後的に修復できる方向に機転をきかせる。 |
七、心得まとめ
人の過ちに気づいたとき、それを公にせぬ勇気と知恵があるか。
それこそが「礼」の本質であり、真の人間的価値を表す行為である。
🌟まとめ:この逸話から学ぶ「心得」
- 咄嗟の場面でこそ、人の真価が問われる。
- 恥をかかせずに事を収める知恵と優しさは、最上の礼節である。
- 配慮とは、相手の尊厳を守る行為。見ていないようで、人はそれを忘れない。
- 武士のように強くあれ、しかし情けと配慮を持ち合わせよ。
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