📜 引用原文(日本語訳)
第二〇章 二二*
「走る車をおさえるように、ここでむらむらと起る怒りをおさえる人、
かれをわれは〈御者〉とよぶ。
そうでなければ、この人はただ手綱を手にしているだけである。
(〈御者〉とよぶにはふさわしくない。)以上、第二〇章 怒りまとめの句:
修行者と道と尊敬と恐れと念いと、
さまざまと、水と花と馬と怒りとで、十になる。」
🔍 逐語訳(逐語・一文ずつ訳)
- 「走る車をおさえるように」
制御を失いそうな車を必死に止めるように、 - 「ここでむらむらと起る怒りをおさえる人」
心に湧き上がる怒りをその場でしっかり抑えられる人は、 - 「かれをわれは〈御者〉とよぶ」
私たちはその人を“御者”=自己を制御できる真の統御者と呼ぶ。 - 「そうでなければ、この人はただ手綱を手にしているだけ」
自分の心や言動を抑えられない者は、たとえ見かけ上コントロールしているようでも、実際には何の制御力もない。
🧩 用語解説
- 御者(ぎょしゃ):馬車や戦車を操る者。仏教では「自己を制御する人」の象徴。
- 手綱(たづな):制御の象徴。持っているだけで扱えていなければ意味がない。
- 怒りをおさえる(コーダ・ダンマ):反応的な怒りを、その場で意識的に止める行為。心の制御。
📝 全体の現代語訳(まとめ)
心にふつふつと湧き上がる怒りを、暴発させることなくその場で抑えることができる人――その人こそが、自らの感情と行動を統御する真の「御者」である。
ただ感情の手綱を持っているだけで、怒りに流される者は、御者ではなく、御者を装っているだけにすぎない。
💡 解釈と現代的意義
この詩句は、仏教における「自己統御の完成形」を象徴的に示しています。
怒りを抑えることは、まさに暴走する車をコントロールするようなもの――技術・意志・集中力・智慧すべてが問われる行為です。
現代社会では「自己コントロール力(セルフマネジメント)」があらゆる場面で重要視されます。
特に怒りやストレスの多い環境において、「感情を制する力」は、ただ理性的な人以上に、真の信頼と尊敬を得る資質とされます。
🏢 ビジネスにおける解釈と適用
観点 | 適用例 |
---|---|
エモーショナル・リーダーシップ | トラブルの最中でも怒りに支配されず、冷静に判断・対話ができる人が「真のリーダー」となる。 |
セルフマネジメント力 | すぐに感情的に反応せず、一歩引いて怒りを処理できる人は、自己統御力のある人として評価される。 |
社内文化の醸成 | 「怒らない上司」が多い組織では、心理的安全性が高く、離職率や対立も減る傾向にある。 |
メンタルヘルスの観点 | 怒りを溜めず、反応せず、意識的に手放す力は、自分の心を守る最強の「御者の技」である。 |
🧠 心得まとめ
「怒りを制する者こそ、自分という馬を乗りこなす真の御者」
感情に流されないこと。
怒りに任せて反応しないこと。
それはただの我慢ではなく、
本当の強さと気高さである。
御者とは、暴れる馬(怒り)を見事に制し、
静かに前を見て歩み続ける人の名である。
手綱を持っているだけでは不十分――
心を制して初めて、人は自らの人生の御者となる。
🧾 補足:まとめ句について
「修行者と道と尊敬と恐れと念いと、さまざまと、水と花と馬と怒りとで、十になる。」
この結句は、『ダンマパダ』第二〇章の主題となった十の徳目・象徴を列挙し、まとめています:
- 修行者(自己鍛錬)
- 道(正しい実践)
- 尊敬(徳を持つ者への敬意)
- 恐れ(過ち・罪悪に対する畏れ)
- 念い(想念・集中)
- さまざま(多様性・行動の選択)
- 水(浄化・柔和)
- 花(香り・徳のあらわれ)
- 馬(制御されるべき感情)
- 怒り(制御すべき中心テーマ)
この章全体は、「怒りをどう乗り越えるか」を主軸に据えながら、内なる成熟=外に影響を与える力の根源としての徳を説いています。
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