恵みを与えるより、徳を教えるより、人材を得ることが最も難しい
孟子は説く。
- 堯は、天下のために舜のような人材を得ることを最大の心配事とした
- 舜は、同じく天下のために禹や皐陶のような人材を得ることを一番の憂いとした
農民が自分の百畝の田の収穫を心配するのとは、次元が異なる。
- 人に物を分け与えることを「恵(けい)」といい
- 人に善を教えることを「忠(ちゅう)」といい
- 天下のために人材を得ることを「仁(じん)」という
「恵・忠・仁」の位階
概念 | 意味 | 難易度 |
---|---|---|
恵 | 財を与える | 易しい |
忠 | 善を教える | 少し難しい |
仁 | 人材を得る(登用する) | 最も難しい |
孟子はこう述べる:
「天下を他人に譲ることは、仁政の中でも比較的やさしいこと。
しかし、天下のために本当に良い人材を見出すのは、極めて困難だ」
孔子の言葉を引用して
「大なるかな、堯の君たるや。天に則り、天下を治めた」
「巍巍(ぎぎ)たるかな、舜や。天下を治めていながら、治めていないようで、全てがうまくいく」
孟子はここで、理想の政治とは「自らが何かを成すというより、人を得て成させる」ことだと示す。
だからこそ――
- 堯や舜が天下を治めるにあたり、心を用いなかったなどということはありえない
- ただ、心を用いたのは耕作ではなく、人と政治に対してだったのである
引用(ふりがな付き)
爲(た)めに天下(てんか)人(ひと)を得(え)る者(もの)、之(これ)を仁(じん)と謂(い)う。
是(こ)の故(ゆえ)に、天下(てんか)を以(もっ)て人(ひと)に与(あた)うるは易(やす)く、天下(てんか)の爲(た)めに人(ひと)を得(え)るは難(かた)し。
簡単な注釈
- 舜・禹・皐陶:堯・舜の時代の理想的な人材。禹は治水の功績で知られ、皐陶は司法官(司寇)を務めた賢臣。
- 恵(けい):物や財の施し。物質的な援助にすぎない。
- 忠(ちゅう):教え導くこと。精神的な徳の伝達。
- 仁(じん):国家のために適材を得て用いること。統治の核心的価値。
- 巍巍(ぎぎ)たる:高く大きい様子。偉大であることの象徴的表現。
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この章は、孟子の政治哲学の核心とも言える部分です。
単なる善意でも、教育でも足りない。「人を得ること」こそが最高の仁であり、最も難しい統治の道であると、彼は言い切ります。
そして、その実践者として堯・舜を挙げつつ、孔子の言葉を借りて「統治とは人材のマネジメントである」と語っています。
1. 原文
堯以不得舜為己憂,舜以不得禹・皐陶為己憂。
夫以百畝之不易為己憂者,農夫也。
分人以財,謂之惠;教人以善,謂之忠;為天下得人者,謂之仁。
是故以天下與人易,為天下得人難。
孔子曰:「大哉堯之為君也,惟天為大,惟堯則之。蕩蕩乎,民無能名焉。
君哉舜也,巍巍乎,唯天下而不與焉。
堯舜之治天下,豈無用其心哉?亦不用於耕耳。」
2. 書き下し文
堯は舜を得ざるをもって己の憂いとなし、舜は禹・皐陶を得ざるをもって己の憂いと為す。
百畝の地が替えられないことを憂える者は、農夫である。
人に財を分け与えることを「恵」といい、
人に善を教えることを「忠」といい、
天下のために有能な人材を得ることを「仁」という。
このように、天下を人に譲るのは易しいが、
天下のために有能な人を得ることは難しい。
孔子は言った:
「なんと偉大なことか、堯が君主であることは。天が唯一偉大であり、堯だけがそれに従う。
その治世は広大で、民は名づけることすらできないほどである。
舜はなんと偉大な君主であろうか。彼は天下を保有していても、自分のものとしなかった。
堯と舜の天下の治め方は、彼らが心を用いなかったわけではない。ただ、耕作に用いなかったというだけである。」
3. 現代語訳(逐語/一文ずつ訳)
- 堯は、舜という賢人を得られないことを自分の憂いとし、舜もまた禹や皐陶という賢人を得られないことを悩みとした。
- たった百畝の土地を交換できないことを悩むのは農夫である。
- 人に財を分けるのは「恵み」、人に善を教えるのは「忠」、国家のために有能な人材を得ることは「仁」である。
- だからこそ、天下を人に譲ることは簡単だが、天下のために人材を得ることは難しい。
- 孔子はこう言った:
「なんと偉大であることか、堯が君主であるとは。天が最大の存在であり、堯はそれに従っていた。
その政治は広大で、人々はそれに名前を付けることすらできなかった。 - 舜は実に偉大な君主であった。天下を手中にしていても、それを自分のものとはしなかった。
- **堯や舜が天下を治めたとき、どうして心を使わなかったことがあろうか。ただ、耕作に心を使わなかっただけである。」
4. 用語解説
- 堯(ぎょう)・舜(しゅん):古代中国の理想的聖王。道徳と徳政で天下を治めたとされる。
- 禹(う)・皐陶(こうよう):舜に仕えた賢臣。禹は治水の英雄で、皐陶は司法の整備者。
- 百畝(ひゃくぼ):約6.6ヘクタール。古代中国の基準的な耕地単位。
- 恵(けい):物質的な施し。
- 忠(ちゅう):精神的・倫理的な教導。
- 仁(じん):孔子思想で最も重要な徳。ここでは「人を得る=人材登用」を含意。
- 蕩蕩(とうとう)・巍巍(ぎぎ):どちらも偉大さ・広さ・高潔さを示す語。
- 耕(こう):農業・私事。ここでは「自分の生活に専念する」意。
5. 全体の現代語訳(まとめ)
堯は舜のような優れた後継者を得られないことを憂い、舜もまた禹や皐陶という賢臣を得られないことを悩んでいた。
一方で、畑の小さな損得を悩むのは農民であり、レベルの異なる“憂い”が比較されている。
人に財を分け与えるのは「恵」、善を教えるのは「忠」、
しかし、天下のために有能な人材を見出すことこそ「仁」だという。
ゆえに、天下を譲ることは簡単でも、国家のために本当に必要な人材を得るのは難しい。
孔子は、堯の君主としての偉大さ、舜の無私の政治姿勢を称賛した。
堯・舜が耕作(=自分の利益)に心を向けなかったのは、それだけ民と天下に心を尽くしていたからである。
6. 解釈と現代的意義
この章句は、孟子が説く「リーダーシップと人材登用の本質」を集約した一節です。
- 本当に優れたリーダーは、自分の後継者を得られないことを憂える
→ 一代限りの成功ではなく、「後に託せる人材の育成」に心を砕くことが重要。 - リーダーの価値は、“何を得たか”ではなく“誰を得たか”にある
→ 業績や権力より、「共に歩む人材」によって真価が問われる。 - 堯・舜のように“徳による政治”を目指すには、自己欲(耕)より民の安寧に心を注ぐべき
→ 現代における「公私の分別」「職業倫理」「使命意識」に通じる概念。
7. ビジネスにおける解釈と適用
「人材を得ることは、天下を得るより難しい」
- 優秀な人材は「育てて得る」ものであり、「ポストや報酬だけでは獲得できない」。
- 企業もまた、成果より“誰を得て、育てたか”で評価されるべき。
「後継者を得られないことを、真のリーダーは憂える」
- 一代限りのカリスマ経営より、後継・部下・右腕を育てることこそがリーダーの責務。
- トップが“禹や皐陶”を探す視点を持てば、組織は継続的に進化する。
「利益(耕)より理念(仁)を追う組織に、信頼と人は集まる」
- 社会貢献や理念追求に心を向ける組織は、無理に勧誘しなくても“舜”や“皐陶”のような人材が集う。
8. ビジネス用心得タイトル
「天下を譲るは易し、人を得るは難し──後継と育成に尽くすリーダーたれ」
この章句は、経営者・リーダーにとって「人材登用と後継育成の責任」がいかに重く、また崇高であるかを静かに、そして力強く語りかけています。
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