人の智恵(ちえ)や策略(さくりゃく)は、あてにはならない。
魚を捕らえるために仕掛けた網に、**思いがけず大きな雁(鴻)**がかかるように、
自分が仕組んだつもりの仕掛けにも、予想外の結果がついてくることがある。
また、獲物を狙うカマキリ(螳蜋)の背後には、
さらにそれを狙うスズメが控えている――
そして、そのスズメをさらに狙う猟師がいるかもしれない。
このように、人の世の中では、
仕掛けの中にさらに仕掛けがあり(機裡藏機)、
異変の外にさらに別の異変が潜んでいる(變外生變)。
まさに、変化に次ぐ変化であり、
一つのたくらみでは到底すべてを制御できない。
したがって、人の浅知恵や巧みな策略だけを頼りにするのは危うい。
それは一見「賢さ」に見えても、時に自らを滅ぼすもととなりかねない。
原文(ふりがな付き)
魚網(ぎょもう)の設(もう)くる、鴻(こう)則(すなわ)ち其(そ)の中(なか)に罹(かか)る。螳蜋(とうろう)の貪(むさぼ)る、雀(すずめ)又(また)其の後(うし)ろに乗(じょう)ず。機裡(きり)に機を蔵(ぞう)し、変外(へんがい)に変を生(しょう)ず。智巧(ちこう)何(なん)ぞ恃(たの)むに足(た)らんや。
注釈
- 魚網の設くる(ぎょもうのもうくる):魚を捕るために網を仕掛けること。
- 鴻(こう):雁。大きな鳥で、本来想定していなかった対象。
- 螳蜋(とうろう):カマキリ。獲物をむさぼろうとする象徴。
- 雀(すずめ)又その後に乗ず:スズメがその背後からさらに襲いかかる。※『説苑』に同様の寓話あり。
- 機裡に機を蔵し(きりにきをぞうし):策略のなかにさらに別の策略があること。多層構造の仕掛け。
- 変外に変を生ず(へんがいにへんをしょうず):予想外のさらに予想外が起こること。制御不能な事態。
- 智巧(ちこう):浅はかな知恵、巧みな策略。
- 恃むに足らんや(たのむにたらんや):頼りにできようか、いやできない。
※本条は、智謀や権謀術数に過度に頼る危うさを語ります。菜根譚の前集4条でも、策を弄する者の末路が述べられています。
パーマリンク(英語スラッグ)
trickery-is-not-trustworthy
(たくらみは頼れない)plot-within-plot
(仕掛けの中にまた仕掛け)wisdom-is-humility-not-scheme
(知恵とは謀略でなく謙虚さ)
この条文は、現代社会のビジネスや政治、あるいは人間関係における「駆け引きの限界」を示す強い警鐘です。
計算や策略に頼りすぎると、さらに上をいく策略の犠牲になる可能性が常にあります。
「したたかに生きる」ことが求められる場面もありますが、
本当に信頼される人間とは、“仕掛け”ではなく、“信念”と“誠実さ”で立つ人です。
智巧ではなく、徳と直心(まっすぐな心)こそが最も強く、最も持続する道具である――
菜根譚はそう語っています。
1. 原文
魚網之設,鴻則罹其中。
螳螂之貪,雀又乘其後。
機裡藏機,變外生變。
智巧何足恃哉。
2. 書き下し文
魚網の設くる、鴻(こう)則ち其の中に罹(かか)る。
螳螂(とうろう)の貪る、雀(すずめ)又た其の後ろに乗ず。
機裡(きり)に機を蔵し、変外(へんがい)に変を生ず。
智巧(ちこう)何ぞ恃(たの)むに足らんや。
3. 現代語訳(逐語/一文ずつ)
- 魚を捕るための網にかかるのは、小魚ではなく、時に空飛ぶ大鳥である。
→ つまり、大きな者でも思わぬ罠に陥る。 - 獲物を狙う螳螂(カマキリ)が貪欲に前に出ると、その背後から雀が襲いかかる。
→ 欲深く動けば、逆に背後を突かれる。 - 策略の中にさらに策略が隠れ、変化の外にまた新たな変化が生じる。
→ 世の中は予測不能な変転の連続である。 - だからこそ、人の智略や器用さなど、果たしてどれほど頼りになるというのか。
4. 用語解説
- 魚網(ぎょもう):本来は魚を捕らえるものだが、大きな鳥(鴻)がかかってしまうことを暗示する。
- 鴻(こう):大きな鳥。しばしば「鴻鵠(こうこく)」として、志の高い人や大物の比喩。
- 螳螂(とうろう):カマキリ。小さな虫を狙って前進するが、油断して後ろから雀に襲われる寓話的構造。
- 機裡藏機(きりにきをかくす):策略の中にさらに策略が仕込まれていること。
- 変外生変(へんがいにへんをしょうず):予測できない連鎖的な変化。
- 智巧(ちこう):知恵や策略、機転のこと。
- 恃む(たのむ):頼りにする、当てにする。
5. 全体の現代語訳(まとめ)
魚を捕るために張られた網に、大きな鳥がかかることもある。
また、獲物を欲しがって前に出たカマキリは、その背後から雀に襲われることがある。
このように、策略の裏にはさらなる策略があり、予期せぬ変化の先にまた変化が生じる。
この移り変わりの多い世の中において、果たして人の知恵や策略はどれほど頼りになるというのだろうか。
6. 解釈と現代的意義
この章句は、人間の「智恵や策略」に対する過信を戒める内容です。
いくら賢く計算しても、予想外の展開や想定外のリスクが次々に生じる。
それゆえに、単なる機転や賢さに頼らず、柔軟さ・謙虚さ・慎重さを持つことの重要性が説かれています。
● 過度な「戦略依存」への警鐘
- 計画やスキルを過信してしまうと、想定外の「機外の機」に足をすくわれる。
→ むしろ、予測不能性に備える「心の態勢」こそ大切。
● 「欲」が招く盲点の危険
- 貪欲に動けば、背後のリスクに気づけない。
→ これは現代でも「利益追求で足元が崩れる」ことの比喩。
7. ビジネスにおける解釈と適用(個別解説付き)
● 過信せず、柔軟に対応する危機管理
- 戦略やスキームが万全と思っていても、外的要因(市場変化・顧客行動・災害など)で崩れることは日常茶飯事。
→ 常に「次の変化」や「裏の裏」を想定する視野が必要。
● 欲望ドリブンの判断がトラブルを招く
- 拡大・独占・利益重視に偏った判断は、時にリスクを見落とす。
→ 背後の脆弱性(社内信頼・顧客離反)に目を向けよ。
● 真に頼るべきは「原理原則」や「倫理・誠実さ」
- 策略や短期的利益ではなく、誠実な対応・信頼構築・長期的視点こそが、最後に企業を支える。
8. ビジネス用の心得タイトル
「策に溺れるな──“変中の変”を超えるのは誠実と慎重」
この章句は、どれだけ巧妙な手段を用いても、世の中の本質は変化と不確実性であり、智恵はそれに翻弄されることすらあることを深く教えてくれます。
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