ある偉人はこう言った――
「自分の家に尽きることのない宝を持ちながら、それに気づかず、人の家の門前で鉢を持ち、物乞いのように振る舞っている者がいる」と。
また別の偉人はこう言った――
「にわか成金のように、わずかな財で夢を語り自慢する者よ。だがどの家にも、かまどの煙くらいは立っているものだ」と。
前者は、自分の中に眠っている能力や価値に気づかず、他人ばかりを頼る愚かさへの戒め。
後者は、つまらぬ一時の成功を過大評価し、誇ってしまう未熟さへの警告である。
私たちは、学ぶときこそこの二つの「箴言(いましめ)」を深く胸に刻むべきである。
真に豊かな人とは、外に求めるよりも、まず自らの内にある無尽蔵の力を信じる人である。
原文(ふりがな付き)
「前人(ぜんじん)云(い)う、
『自家(じか)の無尽蔵(むじんぞう)を抛却(ほうきゃく)して、
門(もん)に沿(したが)い鉢(はち)を持(じ)して貧児(ひんじ)に効(なら)う』と。
又(また)云(い)う、
『暴富(ぼうふ)の貧児(ひんじ)、夢(ゆめ)を説(と)くことを休(や)めよ、
誰(たれ)が家(いえ)の竈裡(そうり)にか火(ひ)に烟(けむり)無(な)からん』と。
一(いち)は自(みずか)ら所有(しょゆう)に昧(くら)きを箴(いまし)め、
一(いち)は自(みずか)ら所有(しょゆう)に誇(ほこ)るを箴(いまし)む。
学問(がくもん)の切戒(せっかい)と為(な)すべし。」
注釈
- 無尽蔵(むじんぞう):尽きることのない宝。比喩的に、自分の内にある力や可能性。
- 抛却(ほうきゃく):投げ捨てる。顧みずに無視する。
- 貧児に効う(ひんじにこう):乞食のように振る舞う。人に頼って真似をすること。
- 暴富の貧児(ぼうふのひんじ):にわかに金を得て心の貧しい者。中身の伴わない成金。
- 竈裡(そうり)火に烟無からん:どの家にも火を焚く煙くらいは立っている=特別なことではない。
- 箴(いまし)め:戒め。心を律するための言葉。
パーマリンク候補(英語スラッグ)
treasure-within
(宝は内にあり)don’t-beg-what-you-own
(持っているのに乞うな)modesty-over-boast
(自慢より慎み)
この条文は、自己肯定と謙虚さ、そして見せかけでなく本質を大事にするという普遍的な価値を説いています。
1. 原文
人云、「抛却自家無盡藏、沿門持鉢效貧兒。」
又云、「暴富貧兒休說夢、誰家竈裡火無烟。」
一箴自昧所有、一箴自誇所有。可為學問切戒。
2. 書き下し文
前人(せんじん)云(い)う、「自家(じか)の無尽蔵(むじんぞう)を抛却(ほうきゃく)して、門に沿い鉢(はち)を持して貧児(ひんじ)に効(なら)う」と。
又(また)云う、「暴富(ぼうふ)の貧児、夢を説(と)くことを休(や)めよ。誰(た)れか家(いえ)の竈裡(そうり)に火(ひ)に烟(けむり)無からん」と。
一(ひとつ)は自(みずか)ら所有(しょゆう)に昧(くら)きを箴(いまし)め、
一(ひとつ)は自(みずか)ら所有に誇(ほこ)るを箴む。
学問の切戒(せっかい)と為(な)すべし。
3. 現代語訳(逐語訳/一文ずつ訳)
- 「自家の無尽蔵を抛却して、門に沿い鉢を持して貧児に効う」
→ 自分の中に豊かな資質を持っているにもかかわらず、それに気づかず捨て去って、わざわざ貧しい人の真似をして物乞いのように学ぼうとするのは愚かである。 - 「暴富の貧児、夢を説くことを休めよ」
→ 急に金持ちになった者が、夢のような話ばかり語ってはならない。 - 「誰が家の竈裡にか火に煙無からん」
→ どこの家庭にも、見えない苦労や悩み(煙)はあるものだ。 - 「一は自ら所有に昧きを箴め」
→ 一つは、自分の中にある価値に気づかない愚かさを戒めたものであり、 - 「一は自ら所有に誇るを箴む」
→ もう一つは、自分の持つものを他人に誇ることを戒めたものである。 - 「学問の切戒と為すべし」
→ これは学問を志す者にとっての、非常に重要な戒めとすべきである。
4. 用語解説
- 抛却(ほうきゃく):投げ捨てる、顧みず捨て去る。
- 無尽蔵(むじんぞう):尽きることのない宝、内面の潜在力や智慧の象徴。
- 沿門持鉢(えんもんじはつ):乞食のように他人の家を回って鉢を差し出す姿。依存や追従の比喩。
- 暴富(ぼうふ):にわかに金持ちになること。実力より偶然による栄達。
- 竈裡火無煙(そうりひにけむりなし):「かまどの火には煙が付き物」=どこの家にも問題や悩みがあるという意。
- 箴(しん・いましめ):戒め、警句。
- 自昧(じまい):自分自身の価値や財を知らないこと。
- 自誇(じこ):自分の持ち物や実力を誇ること。
- 切戒(せっかい):強く戒めるべき教訓。
5. 全体の現代語訳(まとめ)
前人は言った――
「自分の内に無限の価値を持っていながら、それを捨てて他人の真似をして回るのは愚かだ」
また、こうも言った――
「急に成功した者は、夢のような話ばかりせずに慎め。どんな家庭にも表に出ない苦労はあるのだから」
これは、一つは自分の本当の価値に気づかない無知への戒めであり、もう一つは手にしたものを誇って他人を見下す傲慢さへの警告である。
学びを志す者にとって、決して忘れてはならない大切な戒めである。
6. 解釈と現代的意義
この章句は、**「内なる価値への気づき」と「謙虚さの保持」**を中心テーマとしています。
- 人は、自らの中に既にある「無尽蔵=無限の可能性・知恵・良心」に気づかず、外にばかり求めてしまう。
- また、たまたま得た富や成功を、自分の実力と勘違いして他人に語り、自慢してしまう。
このような「無知」と「慢心」の両方を、学問(=学び、人生、仕事)における**最も重要な戒め(切戒)**としているのです。
7. ビジネスにおける解釈と適用(個別解説付き)
●「自社の資源に目を向けず、外部ばかりを模倣していないか」
- 他社の成功事例を追うことに終始し、自社の強み・文化・知見に気づかない企業は、戦略の軸を失う。
- “模倣の依存”から脱し、“自己理解”に立脚した成長戦略が必要。
●「偶然の成功に酔い、自慢に変わっていないか」
- トレンドに乗って得た売上や、突発的なヒット商品を自分の実力と勘違いすると、持続可能性を失う。
- 周囲への配慮や現実認識を欠いた発言は、信頼と信用を損なう。
●「どの組織にも“煙”はある──他者比較を慎む」
- 表面的な成功企業も、裏では必ず何らかの問題を抱えている。見えない部分を想像し、他者と自分を比較しすぎないことが大切。
8. ビジネス用の心得タイトル
「己の“無尽蔵”を信じよ──模倣を捨て、驕りを慎むが真の学び」
この章句は、学びや成長の本質は「内なる探求」と「謙虚な姿勢」にあるということを、鋭く、しかも比喩的に伝えています。
自己否定からの模倣や、成功による自慢は、いずれも“学び”を妨げる大敵。
本物の学び手、リーダー、組織人たる者は、内に潜む力に気づき、それを静かに磨く者であるという真理がここにあります。
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