孔子は、国君の正妻の呼び名の使い分けについて具体的に説いた。
一見すると儀礼的で細かすぎると思われるかもしれないが、言葉づかいは人間関係と秩序を映す鏡である。
呼び方には「誰が、誰に、どう語るか」という文脈によって、使い分けのルールがある。
この章句では、国君の妻に対する呼称が場面ごとに整理されており、そこには謙遜、敬意、秩序が反映されている。
【原文引用(ふりがな付き)】
「邦君(ほうくん)の妻(つま)は、君(きみ)之(これ)を称(しょう)して夫人(ふじん)と曰(い)う。夫人、自(みずか)ら称して小童(しょうどう)と曰う。邦人(ほうじん)之を称して君夫人(くんふじん)と曰う。諸(これ)を異邦(いほう)に称して寡少君(かしょうくん)と曰う。異邦人(いほうじん)が之を称して、亦(また)君夫人と曰う。」
【現代語訳・主旨】
国君の正妻の呼び方は、場面によって次のように変わる:
- 国君が自分の妻を呼ぶとき →「夫人(ふじん)」
- 夫人が自らを指すとき →「小童(しょうどう)」
- その国の民が呼ぶとき →「君夫人(くんふじん)」
- 自国の使者が、他国で紹介する場合 →「寡少君(かしょうくん)」
- 他国の人が呼ぶとき →「君夫人(くんふじん)」と呼ぶ
このように場面ごとに異なる呼称を使い分けるのは、相手への礼を尽くし、自他の関係性を明確にするためである。
【注釈】
- 「夫人」:国君が自らの妻に用いる正式な称号。格式ある呼び名。
- 「小童(しょうどう)」:夫人が自身をへりくだって称する言葉。日本語の「わらわ」や「しもべ」に相当。
- 「君夫人」:その国の人々や他国の者が、敬意を込めて用いる称号。
- 「寡少君(かしょうくん)」:自国の者が他国で自国の君夫人を謙って紹介する場合に用いる。
※「寡」は自らを卑下する表現、「少」は未熟さを示す謙譲語。
【背景と解釈】
この章句の真意については古来より諸説ある:
- 一説では、時代に乱れていた呼称や儀礼を孔子が正そうとした記録だとされる。
- もう一説では、論語に入った経緯そのものが不明であり、本質的意義は判然としないとされている。
本書では、前者の立場を取り、「孔子が弟子たちに儀礼を正す姿勢を説いた記録」として扱っている。
原文:
君之妻、君稱之曰夫人。
夫人自稱曰小童。
邦人稱之曰君夫人。
稱諸異邦曰寡小君。
異邦人稱之亦曰君夫人。
書き下し文:
君(くん)の妻(つま)は、君これを称して「夫人(ふじん)」と曰(い)う。
夫人は自らを称して「小童(しょうどう)」と曰う。
邦人(ほうじん)はこれを称して「君夫人(くんふじん)」と曰う。
これを異邦(いほう)に称するには「寡小君(かしょうくん)」と曰う。
異邦人がこれを称しても、また「君夫人」と曰う。
現代語訳(逐語/一文ずつ訳):
- 君主の妻の呼び方は、呼ぶ人の立場によって異なる。
- 君主(夫)は、自分の妻を「夫人」と呼ぶ。
- 妻本人(夫人)は、自分をへりくだって「小童(=つまらぬ者)」と称する。
- 同じ国の人々(臣下)は、その君主の妻を「君夫人」と呼ぶ。
- 他国においては、「寡小君(=わが国の小さき君主)」とへりくだって紹介する。
- ただし、異国の人々がその人を呼ぶときは、尊称として「君夫人」と呼ぶ。
用語解説:
- 夫人(ふじん):君主の正妻。位階ある女性の尊称。
- 小童(しょうどう):本来は「子ども・召使い」の意。ここでは、夫人が自分をへりくだって称する表現。
- 君夫人(くんふじん):その国の主君の妻という意味。邦人が敬意を込めて呼ぶ。
- 寡小君(かしょうくん):異国に紹介するとき、わが主君の妻を謙って表現した称号。
- 異邦(いほう)・異邦人:他国・外国、およびその人々の意。
全体の現代語訳(まとめ):
君主の妻は、呼ぶ者の立場によって異なる称し方をされる。
君主本人は「夫人」と呼び、夫人自身はへりくだって「小童」と名乗る。
同じ国の民は「君夫人」と呼び、異国へ紹介する際は「寡小君」と謙って称する。
ただし、異国の人々が呼ぶ際には「君夫人」と尊称で呼ばれる。
解釈と現代的意義:
この章句は、古代中国における呼称・敬語・謙譲語の文化的体系を反映しています。
- 誰が、誰に対して、どの場で、どのように呼ぶか──という礼節の細やかさを示す。
- “へりくだる”ことは敬意を示すことであり、自他の関係性を保つ知恵でもある。
- 場面・立場・関係性によって“呼び方”を変えるのは、社会的秩序と調和を重んじる礼の実践。
このような言語行動は、単なる表現以上に、人間関係と権威の調整役として機能していました。
ビジネスにおける解釈と適用:
1. 「呼称の使い分けが、組織の礼儀を保つ」
上司・同僚・部下・顧客など、関係性に応じた“呼び方”を使い分けることで、
適切な距離感と敬意を表現できる。誤った呼称は無礼に映ることもある。
2. 「“自称”と“他称”を分ける謙譲の美徳」
ビジネスにおいても、自社・自部門を紹介する際にはへりくだる言い回し(例:「弊社」)を用い、
他社に対しては敬語を用いる。この古典の構造は、現代マナーにも完全に通じている。
3. 「異文化・異業種との交流では“敬称”が信頼を築く鍵」
異業種や海外パートナーと接するとき、相手の肩書きや敬称の正確な理解と使用が、
信頼構築の第一歩となる。そこに“国を超えた礼”の精神が生きている。
ビジネス用の心得タイトル:
「呼び方に“心”を込めよ──謙りと敬意が関係を整える」
この章句は、単なる名称や言い回しの問題にとどまらず、
人間関係と礼節のダイナミズムを伝える非常に示唆的な内容です。
多文化対応研修、ビジネスマナー教育、接遇マインドの教材としても活用できます。
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