それぞれの立場で、仁を貫いた三人
孔子は、殷王朝の末期に暴政を行った紂王に対して、三人の「仁」の人がそれぞれ異なる行動を選んだことに注目した。
微子は身を引き、殷の祭祀を絶やさぬようにした。箕子は狂人を装い、奴隷となることで身を守った。比干は命を賭して諫め、ついには殺された。
孔子は言う。「彼ら三人はそれぞれに異なる形で仁を体現した」と。
仁とは、ただ一つのやり方で実現されるものではない。状況や立場、相手によって、最善の選択は異なる。
大切なのは、どのような形であれ、心に仁を持ち、それを行動に移したという点にある。
「子(し)之(これ)を去(さ)り、箕子(きし)之(これ)が奴(ど)と為(な)り、比干(ひかん)諫(いさ)めて死(し)す。孔子(こうし)曰(いわ)く、殷(いん)に三仁(さんじん)有(あ)りき」
それぞれの「正しさ」を貫く姿が、仁の多様性を物語っている。
語句注釈
- 子(し)之(これ)を去(さ)り:微子は王を諫めても聞かれず、殷を去った。
- 奴と為り:箕子は狂人を装い、身を守るため奴隷となった。
- 諫めて死す:比干はまっすぐに王を諫め、処刑された。
- 三仁(さんじん):「仁」を貫いた三人の人物を指す。孔子が敬意を込めて称賛。
補足人物解説(要約)
- 微子:殷王朝の王族。祖先の祭祀を守るため亡命という選択をした仁者。
- 箕子:王を諫めたのち狂人を装い、身を守りつつ仁の道を曲げなかった。
- 比干:直言して殺された殷王朝の忠臣。命と引き換えに真を示した。
1. 原文
子去之、箕子爲之奴、比干諫而死、孔子曰、殷有三仁焉。
2. 書き下し文
微子(びし)は之(これ)を去(さ)り、箕子(きし)は之(これ)が奴(ぬ)と為(な)り、比干(ひかん)は諫(いさ)めて死(し)す。孔子(こうし)曰(いわ)く、殷(いん)に三(さん)仁(じん)有(あ)りき。
3. 現代語訳(逐語・一文ずつ)
- 「微子は之を去り」
→ 微子は(殷王朝の暴政に)見切りをつけて、国を去った。 - 「箕子は之が奴と為り」
→ 箕子は、自ら奴隷の身となって殷の王に仕える道を選んだ。 - 「比干は諫めて死す」
→ 比干は王に諫言したが、処刑された。 - 「孔子曰く、殷に三仁有りき」
→ 孔子は言った。「殷には三人の仁者(徳のある人)がいた。」
4. 用語解説
- 微子(びし):殷王朝の王族。暴君・紂王の専横に絶望して国を離れた。
- 箕子(きし):紂王の叔父。国を救うため自ら奴隷の身となり、忠誠を尽くそうとした。
- 比干(ひかん):殷王朝の忠臣。紂王に諫言したために怒りを買い、殺された。
- 仁(じん):孔子が重視した徳目の一つ。思いやり・人間愛・道徳的な優れた人格。
- 殷(いん):古代中国の王朝。暴君・紂王の失政により滅亡。
5. 全体の現代語訳(まとめ)
孔子は言った:
「微子は暴政から離れて身を引き、箕子は奴隷となって仕えようとし、比干は王を諫めて命を落とした。
この三人は、いずれも殷王朝における真の仁者(人徳ある人物)であった。」
6. 解釈と現代的意義
この章句は、どのような困難な政治状況にあっても「仁」の実践には多様な形があることを示しています。
- 微子のように「身を引く」道を選ぶ者。
- 箕子のように「仕えながら耐え、導こうとする」者。
- 比干のように「命を賭して諫言する」者。
いずれも「正しさ」を貫いた姿であり、それぞれの立場で「仁」を表した人物像です。
7. ビジネスにおける解釈と適用
「組織の中で“正義”を貫く3つの選択」
- 微子の選択:撤退の勇気
→ 組織が不正を行っている場合、潔く退職・離脱するのもひとつの“誠実な行動”。自らの倫理観を守ることが最優先と判断したケース。 - 箕子の選択:中からの変革
→ 難しい状況でも、組織に残り内部から少しでも改善を目指す姿勢。時に屈辱を受けつつも、信念を失わずに粘り強く働きかける役割。 - 比干の選択:諫言の勇気
→ 不正や間違いを堂々と指摘する姿勢。たとえ自らの立場やキャリアを危うくしても、組織の未来のために声を上げる。
「価値判断を行動で示せるか」
この章句は、現代のビジネスパーソンにも強い示唆を与えます。
単に「正しさを知る」のではなく、「正しさを実行する」ためにどのような選択ができるか。
その選択は、状況によって異なっても“仁”に通じる道であり得ます。
8. ビジネス用の心得タイトル
「仁は一つにあらず──退く勇気、仕える忍耐、訴える覚悟」
ご希望があれば、この章句を題材とした「価値判断と行動力の研修」や、リーダー育成プログラムにも展開可能です。
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