物事を議論・検討するときは、自分の立場を一度外に置き、あたかも第三者のような目で「利害得失」を冷静に、十分に考えるべきである。
しかし、その案件を実際に遂行する立場に任じられたならば、
もはや利害得失の思案を引きずるべきではない。すでに決まったこととして、一当事者として全力でやり遂げる覚悟が必要である。
『孫子』も「智者の慮(おもんばか)りは、必ず利害に雑う」と説くように、
検討段階では徹底して合理性と客観性を追求しなければならない。
しかし、実行の段に至っては、過去の懸念を引きずらず、誠意と責任で行動することが肝要である。
これは、自由主義や民主主義における「討議」と「決定・遂行」の分離原則にも通じる、極めて先見性に富んだ教えでもある。
原文(ふりがな付き)
「事(こと)を議(ぎ)する者(もの)は、
身(み)、事(こと)の外(ほか)に在(あ)りて、
宜(よろ)しく利害(りがい)の情(じょう)を悉(つ)くすべし。
事(こと)に任(にん)ずる者(もの)は、
身(み)、事(こと)の中(なか)に居(お)りて、
当(まさ)に利害(りがい)の慮(おもんばか)りを忘(わす)るべし。」
注釈
- 議する者:検討・助言・討論に関わる立場。企画者・助言者・コンサルなど。
- 事に任ずる者:実行を担う当事者。実務家・担当責任者など。
- 悉くす:よく知り尽くす。詳細に検討し尽くすこと。
- 慮り(おもんばかり):思慮・懸念・損得の計算。
パーマリンク候補(英語スラッグ)
think-objectively-act-decidedly
(検討は客観的に、実行は断固と)switch-mindset-by-role
(役割で思考を切り替える)deliberate-then-commit
(熟考してから全力実行)
この条は、個人や組織において「議論と行動」の両立がいかに重要かを教えてくれます。
考えるときには徹底的に考え、行動するときには迷わず進む――この切り替えができる人が、物事を本当に成し遂げられる人と言えるでしょう。
1. 原文
議事者、身在事外、宜悉利害之情。
任事者、身居事中、當忘利害之慮。
2. 書き下し文
事を議(はか)る者は、身(み)、事の外(ほか)に在(あ)りて、宜(よろ)しく利害(りがい)の情(じょう)を悉(つく)すべし。
事に任(にん)ずる者は、身、事の中(うち)に居(お)りて、当に利害の慮(おもんばか)りを忘るべし。
3. 現代語訳(逐語訳/一文ずつ訳)
- 「議論や助言をする立場の人は、事の当事者ではないのだから、利害のすべてをよく把握して言うべきである」
→ 客観的な立場から判断に関わる者は、利得・損失などの影響を総合的に理解し、偏りなく議論すべきだ。 - 「実際にその事を担っている人は、利害のことばかり気にせず、責任と行動に集中すべきである」
→ 現場で物事を進めている人は、損得を気にするのではなく、行動と実行に専念するべきだ。
4. 用語解説
- 議事者(ぎじしゃ):物事を計画・評価・助言する者。参謀・アドバイザーなど。
- 任事者(にんじしゃ):物事を直接担当・遂行する者。現場責任者・実行者。
- 事外・事中:出来事の外にいる立場/中にいる立場。関与の距離感。
- 悉す(つくす):すべてを明らかにする、詳しく知る。
- 利害之情・利害之慮:利益と損失に関わる感情や配慮。
5. 全体の現代語訳(まとめ)
物事を外から評価・助言する人は、利害関係をよく理解した上で意見を述べなければならない。
一方、実際にその事を担当し実行する人は、損得の計算にとらわれず、全力で職務にあたるべきである。
6. 解釈と現代的意義
この章句は、**「役割ごとの心構え」**を明確に説いています。
- 判断・助言をする者には、冷静な分析力と全体視野が求められる。
- 一方で、行動する者には、目の前の仕事に没頭する純粋さと覚悟が求められる。
つまり、「誰が、何を、どの心で取り組むべきか」を正しく理解し、それにふさわしい精神態度を保つことが、組織や人生の成功を左右するのです。
7. ビジネスにおける解釈と適用(個別解説付き)
●「参謀は“全体の利害”を見よ。現場は“利害を超えて”動け」
- 会議や企画立案の場では、利害得失やリスク・機会を広い視野で分析し、バランスのとれた意思決定を支援すべき。
- 一方、現場で手を動かすメンバーは、「損だからやらない」「得だからやる」といった損得の感情を排し、責任に徹することが信頼を得る。
●「リーダーは立場に応じて“利害との距離感”を調整せよ」
- 俯瞰が必要なときには利害を見極め、現場に立つときには利害を忘れられる切り替え力こそが、信頼されるリーダーの条件。
●「利害に基づくアドバイスと、無私で動く実行──両者の役割を混同しない」
- アドバイザーや経営者が“現場感覚”を盾に損得を無視してはならず、
- 現場のスタッフが“計算高い動機”で行動しても士気や成果は上がらない。
8. ビジネス用の心得タイトル
「見る者は利を尽くし、動く者は利を忘れよ──役割にふさわしき心を保て」
この章句は、**「立場に応じた視野と精神の保ち方」**という、現代にも極めて重要な原則を教えています。
判断者には全体視点と冷静さを、実行者には誠実さと集中力を──
この切り分けがなされるとき、組織にも人にも“迷いなき力”が生まれます。
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