『老子』第三章|安民第三
1. 原文
不尙賢、使民不爭。不貴難得之貨、使民不為盜。不見可欲、使民心不亂。
是以聖人之治、虛其心、實其腹、弱其志、強其骨。常使民無知無欲、使夫知者不敢為也。
爲無爲、則無不治。
2. 書き下し文
賢(けん)を尚(たっと)ばざれば、民(たみ)をして争(あらそ)わざらしむ。
得難(えがた)きの貨(たから)を貴(たっと)ばざれば、民(たみ)をして盗(ぬす)みを為(な)さざらしむ。
欲(ほっ)すべきを見(み)さざらば、民(たみ)の心(こころ)をして乱(みだ)れざらしむ。是(これ)を以(もっ)て聖人(せいじん)の治(ち)は、其(そ)の心(こころ)を虚(むな)しくして其(そ)の腹(はら)を実(み)たし、
其(そ)の志(こころざし)を弱(よわ)くして其(そ)の骨(ほね)を強(つよ)くす。常(つね)に民(たみ)をして無知(むち)無欲(むよく)ならしめ、夫(か)の知者(ちしゃ)をして敢(あ)えて為(な)さざらしむ。
無為(むい)を為(な)せば、則(すなわ)ち治(おさ)まらざる無(な)し。
3. 現代語訳(逐語/一文ずつ訳)
- 「賢(けん)を尚(たっと)ばざれば、民(たみ)をして争(あらそ)わざらしむ。」
→ 賢者を尊ばなければ、民衆は互いに争わなくなる。 - 「得難(えがた)きの貨(たから)を貴(たっと)ばざれば、民(たみ)をして盗(ぬす)みを為(な)さざらしむ」
→ 手に入りにくい財を貴重なものとしなければ、人々は盗みを働かない。 - 「欲(ほっ)すべきを見(み)さざらば、民(たみ)の心(こころ)をして乱(みだ)れざらしむ」
→ 欲望をかき立てるようなものを見せなければ、民の心は乱れない。 - 「是(こ)れを以(もっ)て聖人(せいじん)の治(ち)は…」
→ それゆえ、聖人の政治は以下のように行われる。 - 「心(こころ)を虚(むな)しくして腹(はら)を実(み)たし」
→ 欲望や知識で頭を満たすのではなく、まず人々の生活や食を満たす。 - 「志(こころざし)を弱(よわ)くして骨(ほね)を強(つよ)くす」
→ 高望みや野心を弱め、身体的・精神的に健全な状態を保たせる。 - 「常(つね)に民(たみ)をして無知(むち)無欲(むよく)ならしめ」
→ 常に民をシンプルに保ち、過度な知識や欲望を抱かせないようにする。 - 「夫(か)の知者(ちしゃ)をして敢(あ)えて為(な)さざらしむ」
→ 賢い者が知恵をひけらかして行動を起こすことのないようにする。 - 「無為(むい)を為(な)せば、則(すなわ)ち治(おさ)まらざる無(な)し」
→ 無為(自然なまま)に治めれば、治まらぬものは何もない。
4. 用語解説
用語 | 解説 |
---|---|
尚賢(しょうけん) | 優秀な人を特別に尊ぶこと。 |
難得之貨(なんとくのか) | 手に入りにくい貴重品(財宝・贅沢品)。 |
虚心・実腹(きょしん・じっぱく) | 心は謙虚で執着なく、腹=生活を満たすこと。 |
無知無欲(むちむよく) | 知識や欲望による混乱から解放された状態。 |
知者(ちしゃ) | 知識や才知ある人。老子の文脈では時に「策を弄する者」として警戒される。 |
無為(むい) | 作為を加えない。自然のままに任せること。統治の理想形。 |
5. 全体の現代語訳(まとめ)
優秀な者を特別に持ち上げなければ、人々は互いに争わなくなる。
貴重品を珍重しなければ、人々は盗みを働かない。
欲をそそるものを見せなければ、人々の心は乱れない。
だから、聖人の政治は、民の心を空っぽにし、まず腹(生活)を満たす。
野心や欲望を弱め、健康でしっかりした体を育む。
人々を過剰な知識や欲望から遠ざけ、
知恵をひけらかす者に行動させない。
「無為(作為なき自然な姿)」を実践すれば、
治まらないものなど何もないのである。
6. 解釈と現代的意義
この章は、老子の政治思想の原点とされます。
争いや混乱の根源は「比較・欲望・差別化」にあると説き、真の安定は「足るを知る生活と、作為のない統治」にあると示します。
老子のいう「無知無欲」は知性を否定するのではなく、「過度な知識」や「競争意識」が人を惑わせることへの警告です。
現代でも、以下のような教訓として通じます:
- 人間の争いは、差・ランク・欲望の演出から生まれる
- 社会の安定には、基礎的生活の充足と欲望の抑制が必要
- 統治やリーダーシップは、誇示せず、自然な導きが効果的
7. ビジネスにおける解釈と適用(個別解説付き)
■「才能主義が争いを招く」
評価制度で極端な差をつけると、内部競争・嫉妬・分断が生まれる。「比較されない仕組み」の方が長期的には人を育てる。
■「物欲マーケティングは社会を混乱させる」
希少性や限定性を煽るマーケティングは、消費を刺激するが、欲望の拡張は心の不安と格差を増幅させる。
■「真の経営は“無為の経営”」
過剰な指示・管理・制度よりも、「仕組みで回る」・「社員が自然と動く」環境が最も強い組織をつくる。
■「知の暴走を防ぐ統治」
専門家やデータ至上主義による過剰な介入を抑え、本質を見極めた判断をするための“虚心”が必要。
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