『老子』第一章|體第一
1. 原文
道可道、非常道。名可名、非常名。
無名、天地之始。有名、萬物之母。
故常無欲以觀其妙、常有欲以觀其徼。
此兩者同出而異名、同謂之玄。
玄之又玄、衆妙之門。
2. 書き下し文
道(みち)の道(みち)とすべきは、常(つね)の道(みち)に非(あら)ず。
名(な)の名(な)とすべきは、常(つね)の名(な)に非(あら)ず。
名(な)無(な)きは天地(てんち)の始(はじ)め、名(な)有(あ)るは万物(ばんぶつ)の母(はは)なり。
故(ゆえ)に常(つね)に無欲(むよく)にして以(もっ)て其(そ)の妙(みょう)を観(み)る、
常(つね)に有欲(うよく)にして以(もっ)て其(そ)の徼(きょう)を観(み)る。
此(こ)の両者(りょうしゃ)は、同(おな)じきに出(い)でて而(しか)も名(な)を異(こと)にす。
同(おな)じきをこれを玄(げん)と謂(い)い、玄(げん)のまた玄(げん)は衆妙(しゅうみょう)の門(もん)なり。
3. 現代語訳(逐語/一文ずつ訳)
- 「道(みち)の道(みち)とすべきは、常(つね)の道(みち)に非(あら)ず。」
→ 語ることのできる「道」は、本当の永遠の「道」ではない。 - 「名(な)の名(な)とすべきは、常(つね)の名(な)に非(あら)ず。」
→ 名づけることができる「名」は、普遍的な「名」ではない。 - 「名(な)無(な)きは天地(てんち)の始(はじ)め」
→ 名も形もない「無」は、天地が始まる前の根源である。 - 「名(な)有(あ)るは万物(ばんぶつ)の母(はは)なり」
→ 名を持つ「有」は、すべての万物を生む母である。 - 「故(ゆえ)に常(つね)に無欲(むよく)にして以(もっ)て其(そ)の妙(みょう)を観(み)る、常(つね)に有欲(うよく)にして以(もっ)て其(そ)の徼(きょう)を観(み)る」
→ だから欲望を離れてこそ「道」の奥深い真理(妙)を観ることができ、欲望を持ってこそ「道」の現れ(徼)を観ることができる。 - 「此(こ)の両者(りょうしゃ)は、同(おな)じきに出(い)でて而(しか)も名(な)を異(こと)にす」
→ 無と有は同じ「道」から出るが、呼び名が異なるだけである。 - 「同(おな)じきをこれを玄(げん)と謂(い)い、玄(げん)のまた玄(げん)は衆妙(しゅうみょう)の門(もん)なり」
→ これらの根源を「玄(深遠なるもの)」と呼び、さらに深い玄の中に、あらゆる不思議(真理)の扉がある。
4. 用語解説
用語 | 意味 |
---|---|
道(どう) | 宇宙の根源的原理。あらゆる存在や変化を貫く普遍の原理。 |
常道(じょうどう) | 永久不変の真理としての道。「語ることのできる」道とは区別される。 |
名(めい) | 名称。対象に名前をつけることで意味を与える行為。 |
無名/有名 | 「無名」は形なき根源(無為自然)、「有名」は現象世界を生成する働き。 |
無欲/有欲 | 欲望を持たない=本質の観照が可能。欲望を持つ=現象に関与し理解が可能。 |
妙(みょう) | 精妙なる本質。不可視・不可知の根源的真理。 |
徼(きょう) | 現象の外観や境界。目に見える形の世界の表層。 |
玄(げん) | 奥深く計り知れないもの。「道」の神秘的本質。 |
5. 全体の現代語訳(まとめ)
語りうる「道」は、永遠なる本当の「道」ではない。名づけられる「名」も、絶対的な名ではない。
名も形もない「無」は、天地が始まる以前の根源であり、名ある「有」は、すべての万物を生み出す母である。
だから、私たちが欲望を捨てて無心になることで「道」の本質を感じることができ、
欲望をもって現象を求めることで「道」の表れを知ることができる。
この無と有は同じところから出てきたもので、呼び名が違うだけである。
その根源を「玄」と呼び、さらに深い「玄」の奥には、すべての不思議・真理への扉がある。
6. 解釈と現代的意義
この章は『老子』全体の核心であり、「真理は言葉で完全には捉えられない」という哲学的姿勢を示しています。
特に重要なのは:
- 「道」は語れないもの=言語や知識で規定できない根源的な存在
- 世界の本質(無)と現象(有)は表裏一体であり、どちらも「道」から生じる
- 人は欲望を離れれば本質(妙)を観ることができるが、欲望を持てば表面(徼)しか見えない
現代の社会において、「本質を見る目」と「表面に囚われる姿勢」の違いは、判断力と行動力に大きな差を生みます。
7. ビジネスにおける解釈と適用(個別解説付き)
■「道」は見えない価値の体系である
経営理念・ビジョン・企業文化など、目に見えないが組織を支える「道」は、言葉やマニュアルで完全に表現することはできません。
リーダーは形式やスローガンではなく、その「背後にある精神」を深く理解する必要があります。
■「無と有」── 見えないものこそが生む力
ブランド価値、信頼、社員のやる気といった「見えない資産」は、「形ある成果」を生む源泉です。
財務数値やKPIだけに囚われず、目に見えない要素(信念・感謝・信頼)に目を向けることで真の価値が生まれます。
■「無欲」は直観力、「有欲」は表層判断
戦略や意思決定において、無欲=偏見や私利を離れた判断は、本質に迫る力を持ちます。
一方、短期的な欲望にとらわれると、表面的な現象(徼)ばかり追いかけて本質を見失います。
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