相手が富をもって威圧してきても、こちらは「仁」をもって応じる。
相手が爵位や名誉、高い地位を振りかざしてきても、
こちらは「義」、すなわち正しい道をもって対抗すればよい。
君子たる者は、たとえ君主や宰相のような権威者であっても、
その言いなりになるようなことはしない。
自らの中に仁義の軸がしっかりと定まっていれば、
運命(天)すらも乗り越えることができ、
志が一貫していれば、天地万物をも動かすほどの「気」を統率できる。
このようにして、真の君子は、
いかなる権力・環境・制度といった「型」にはめられることのない、
自由で確固たる存在となる。
だからこそ、仁者には敵がない――それは外敵がいないという意味ではなく、
敵すらも動かす内なる力を持っているからである。
「彼(かれ)は富(とみ)ならば我(われ)は仁(じん)、
彼は爵(しゃく)ならば我は義(ぎ)なり。
君子(くんし)は固(もと)より君相(くんしょう)の牢籠(ろうろう)する所とならず。
人(ひと)定(さだ)まれば天(てん)に勝(か)ち、志(こころざし)一(いつ)なれば気(き)を動(うご)かす。
君子は亦(また)造物(ぞうぶつ)の陶鋳(とうちゅう)を受(う)けず。」
注釈:
- 仁(じん)…思いやり、愛、相手への深い配慮。孔子の教える人格の中心。
- 義(ぎ)…道理にかなった行動、正義。孟子が仁と並んで重視した。
- 牢籠(ろうろう)…相手を意のままに従わせること。ここでは「他者の支配下になる」こと。
- 志一(しいつ)…志が一貫していてぶれないこと。
- 気を動かす…心と志が整っていれば、内なるエネルギーをもって外の状況に影響を与えられるという思想(孟子に由来)。
- 陶鋳(とうちゅう)…型にはめること。既存の枠組みに従わせる意。
1. 原文
彼富我仁、彼爵我義。君子固不為君相之牢籠。
人定勝天、志一動氣。君子亦不受造物之陶鑄。
2. 書き下し文
彼は富めりといえど、我は仁において勝る。彼は爵を有すといえど、我は義を守る。
君子はもとより、君主や宰相に囲い込まれる者にあらず。
人の志が定まれば天にも勝ち、志が一途であれば気(運命)すらも動かす。
君子はまた、自然や運命の造形にも支配されはしない。
3. 現代語訳(逐語/一文ずつ訳)
- 「彼は富、我は仁」
→ 相手が金銭的に豊かであっても、私は仁(思いやりや徳)を持っている。 - 「彼は爵、我は義」
→ 相手が高い地位や肩書きを持っていても、私は義(正しさ)を守っている。 - 「君子は固より君相の牢籠とならず」
→ 君子(徳ある者)はもともと、君主や権力者に取り込まれ囲われるような存在ではない。 - 「人定まれば天に勝ち、志一なれば気を動かす」
→ 人の意志が定まっていれば天命にも勝ち得る。志が一途であれば、天地の気運さえも動かすことができる。 - 「君子はまた造物の陶鋳を受けず」
→ 君子は自然や運命によって形づくられることなく、自らの意志で生きる。
4. 用語解説
- 仁(じん):思いやり、慈愛、他者を大切にする徳。
- 義(ぎ):正義・節義・道理に適った行為。
- 君相(くんしょう):君主や宰相。国家権力の象徴。
- 牢籠(ろうろう):囲い込む、束縛すること。手なずける・取り込むの意。
- 人定(じんてい):人の決意・確定した意志。
- 勝天(しょうてん):天に勝つ。天命や運命に打ち勝つという意味。
- 志一(しいつ):志が一つに集中していること。一念集中。
- 動氣(どうき):天地の気、運命、流れを動かすという比喩。
- 造物(ぞうぶつ):天地自然、万物を生み出す力。宿命・天命の象徴。
- 陶鋳(とうちゅう):型にはめて成形すること。ここでは「環境や運命に流されること」の比喩。
5. 全体の現代語訳(まとめ)
相手が財産を持っていても、私は人徳を持っている。
相手が高い地位を持っていても、私は正義を貫いている。
君子はもともと、権力者の囲い込みに従うような存在ではない。
人の意志がしっかりしていれば、天命にさえ勝つことができ、
志が定まれば、気運や流れさえも変えることができる。
だから君子は、運命や自然に形づくられることなく、自らの意志で道を切り開いていくのである。
6. 解釈と現代的意義
この章句は、**「内なる徳と信念こそ、外的な富や地位、さらには運命すら超える力を持つ」**という力強いメッセージを含んでいます。
一見、他人の方が成功者に見えても、自分が仁義を保っていればそれでよい。
さらに、人間の意志と志は、天命(宿命)や自然(環境)をも超えて働き得るという強烈な人間肯定の思想が表れています。
「君子」は、外に依存せず、自らを律し、自らの徳によって道を切り開く存在なのです。
7. ビジネスにおける解釈と適用(個別解説付き)
● 富・地位より「誠実と正義」が信頼を生む
成功者に見える相手と自分を比べて劣等感を抱く必要はない。
仁(他者を思いやる徳)と義(正しい判断)を持ち続けることで、信頼と尊敬を得ることができる。
● 上司や権力者に「迎合しない」姿勢を持つ
自分の立場を守るために迎合したり、媚びたりすることは、「牢籠」に入ること。
自立した人間関係と判断力が、君子たるリーダーシップの条件です。
● 「強い意志」は運命を動かすエネルギー
目標を決め、志を貫く姿勢が、環境の制約を超えて成果をもたらす。
逆風のときほど「志一動氣」──一念が風を変えるときです。
8. ビジネス用の心得タイトル
「徳と志が、地位と運命を超える──内なる力が未来をつくる」
この章句は、**「人間の意志と品格がどこまで現実を変えうるか」**という強い哲理を提示してくれます。
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