社長は蛇口を廻れ:現場訪問が生む経営の変革
N社長は、かつて「穴熊社長」と揶揄される存在だった。彼の経営スタイルは、デスクに居座り現場に足を運ぶことなく、数字と報告だけで判断する典型的な内向き型。しかし、石油不況で売上が落ち込み、事態を打開すべく、ついに現場視察を開始した。ここからN社の劇的な変化が始まる。
現場に足を運ぶ重要性
デパートの視察から学ぶこと
最初に訪れたデパートで、N社長は目を疑う光景を目にした。貧弱な商品陳列と不慣れな接客対応は、N社の商品の魅力を完全に殺していた。これでは売れないと直感した社長は、自ら売り場に立ち、商品陳列の方法を指導し、顧客への対応を実践。結果、売上は劇的に改善し、デパート側からも協力を申し出るようになった。
問屋・小売店への「蛇口訪問」
問屋の実態を目の当たりにする
次に社長が取り組んだのは、問屋との同行販売だ。しかし、現場ではセールスマンが勘に頼って数量を決め、小売店の意向を無視して商品を押し込む光景が繰り返されていた。また、小規模な酒店の店主やおかみさんが忙殺されている現状を見て、N社長はこれまでの「売ってくれている」という甘い認識を捨て去る必要性を痛感する。
小売店の課題に寄り添う戦略
社長は小売店の視点に立ち、彼らが利益を上げられる仕組みを考案。具体的には、小売店のお得意様を対象に、店舗名入りの進物用商品をダイレクトメールで案内する施策を導入。この取り組みは大成功を収め、多くの小売店から感謝され、売上も堅調に伸びた。
信頼が生む関係の深化
冷淡な態度が信頼に変わる
小売店での取り組みが進むにつれ、セールスマンに対する小売店の態度も変化。昼食時には座敷で食事を振る舞われるなど、信頼関係が深まっていった。数か月後、再び訪れた小売店では熱烈な歓迎を受け、社長自身も「年に二回は訪問しなければ」と現場重視の姿勢を強く認識するようになる。
問屋の変化と成果
その年末、取引先の問屋から初めてお歳暮が届いた。聞けば、石油不況の中で売上が伸び悩む他の商品を尻目に、N社の商品だけが安定した売上を維持し、取引高のランキングが急上昇したという。この成果は、現場での「蛇口訪問」によるものだった。
催事での成功とブランド力の向上
N社長の取り組みはデパートの催事にも及ぶ。商品の魅力を引き出す陳列や接客対応が功を奏し、どのデパートでも好評を博す。その結果、ついには東京の有名デパートで常設売り場を確保し、N社の商品は安定した人気を得るようになった。
「蛇口を廻る」ことの本質
N社長の「蛇口訪問」とは、単なる現場視察ではなく、現実を直視し、課題に直接向き合う行動そのものだ。そこには以下の重要な学びがある:
- 現場に足を運ぶことで得られる実態把握
報告書では見えない課題や改善点を直に確認できる。 - 相手の立場に立った視点
問屋や小売店、顧客の利益を考えることで、自然と自社への信頼が深まる。 - 経営者自らが率先することで生まれる変化
社長の姿勢が社内外に伝わり、協力と支持を引き出す。
結論:現場こそ経営の答えがある
N社長が現場を回るようになったことで、N社の業績は回復し、取引先との信頼関係も劇的に改善した。「蛇口を廻る」ことで、経営の本質を直視し、行動に移すことが企業変革の鍵であることを、N社長の事例は如実に示している。
現場を無視した「天動説」から脱却し、相手の視点で物事を捉える。この基本に立ち返ることが、あらゆる企業にとって成長への道を切り開く第一歩となるのだ。
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