MENU

一言が国を興し、一言が国を滅ぼす

――言葉の力を侮るなかれ

魯の定公(ていこう)が孔子に問うた――
「たった一言で国を盛り立てるような言葉はあるか?」

孔子は、「言葉はそこまで単純なものではない」と前置きしつつも、世に伝わるある格言を引用して答えた。
君たることは難しく、臣たることも容易ではない」――
この言葉を深く理解できれば、それは一言にして国を興すに等しい力を持つ。

さらに定公は問う――「では、一言で国を滅ぼすような言葉はあるか?」

孔子は、再び慎重に言葉を選びながら答える。
私は君主の地位を楽しんではいない。ただ、自分の言うことに誰も逆らわないのが心地よいのだ
もしこの姿勢が、善き言葉に対して従うだけであればまだよい。
だが、誤ったことを言っても誰も逆らわないとしたら、それは一言にして国を滅ぼすのに等しい危険を孕んでいる。

リーダーの言葉には、巨大な影響力がある。
一言は単なる音ではない。それは人を導き、あるいは誤らせる、国運を左右する力なのだ。


原文とふりがな付き引用:

「定公(ていこう)問(と)う。一言(いちげん)にして以(もっ)て邦(くに)を興(おこ)すべきは諸(これ)有(あ)るか。
孔子(こうし)対(こた)えて曰(いわ)く、言(げん)は以て是(か)くの若(ごと)くなるべからざるも、其(そ)れ幾(ちか)きなり。
人の言に曰く、君(きみ)たるは難(かた)く、臣(しん)たるは易(やす)からず、と。
如(も)し君たるの難きを知らば、一言にして邦を興すに幾からずや。

曰く、一言にして邦を喪(ほろ)ぼすべきもの、諸れ有りや。
孔子対えて曰く、言は以て是くの若くなるべからざるも、其れ幾し。
人の言に曰く、予(われ)君たるを楽しむこと無し。唯(ただ)だ其れ言いて、予に違(たが)う莫(な)きなり
如し其れ善くして之に違う莫くんば、亦た善からずや。
如し善からずして、之に違う莫くんば、一言にして邦を喪ぼすに幾からずや。」


注釈:

  • 君たるは難し、臣たるは易からず … 統治する者・される者ともに責任は重く、慎重でなければならないという意味。
  • 幾し(ちかし) … 近い、またはそれに等しいという意味。「一言にして興す/滅ぼすに近い」。
  • 予に違う莫し … 「私の言うことに誰も逆らわない」。これが独裁・暴走の危険とされる。
  • 善くして…/善からずして… … 自分の言葉が善であればよいが、もし悪しければ、それに誰も逆らわなければ国が滅ぶ。

1. 原文

定公問、「一言而可以興邦、有諸」。
孔子對曰、「言不可若是其幾也。人之言曰、爲君難、爲臣不易。
如知爲君之難也、不亦一言而興邦乎」。

曰、「一言而可以喪邦、有諸」。
孔子對曰、「言不可若是其幾也。人之言曰、予無樂乎爲君、唯其言而莫予違也。
如其善而莫之違也、不亦善乎。
如不善而莫之違也、不亦一言而喪邦乎」。


2. 書き下し文

定公(ていこう)問(と)う、「一言(いちげん)にして以(もっ)て邦(くに)を興(おこ)すべきこと、有(あ)るか」。

孔子、対(こた)えて曰(いわ)く、「言(げん)は是(か)くの如(ごと)くなるべからざるも、其(そ)れ幾(ちか)きなり。
人(ひと)の言(げん)に曰(いわ)く、『君(きみ)たるは難(かた)く、臣(しん)たるは易(やす)からず』と。
如(も)し君たるの難きを知(し)らば、一言にして邦を興すに幾からずや」。

曰く、「一言にして以て邦を喪(ほろ)ぼすべきもの、有るか」。

孔子、対えて曰く、「言は是くの如くなるべからざるも、其れ幾し。
人の言に曰く、『予(われ)、君たるを楽しむ無し。唯(ただ)其(そ)の言(こと)を唯(いい)として、予に違(たが)うこと莫(な)からしむ』と。
如し其れ善くして、之に違うこと莫くんば、亦(また)善からずや。
如し善からずして、之に違うこと莫くんば、亦た一言にして邦を喪ぼすに幾からずや」。


3. 現代語訳(逐語訳/一文ずつ)

  • 定公が問うた
     「たった一言で国を興すことはできますか?」
  • 孔子が答えた
     「言葉一つで全てが変わるとは言い切れませんが、非常に近いところにあります。
    人々のことわざにこうあります──『君主になるのは難しく、臣下であるのも容易ではない』。
    もし君主が、自分が君主であることの難しさを理解していれば、その一言で国を興すことも不可能ではありません。」
  • 定公がさらに尋ねた
     「たった一言で国を滅ぼすことはありますか?」
  • 孔子が答えた
     「それもまた、一言で全てが変わるとは言い切れませんが、非常に近いです。
    人々のことわざにこうあります──『私は君主であることを楽しんでいない。ただ、私が言えば誰も異を唱えないのがよい』と。
    もしその言葉が正しいものであって、誰も反対しないのであれば、それは素晴らしいことです。
    しかし、もしその言葉が間違っていても、誰もそれに逆らわないのだとすれば、
    その一言で国を滅ぼすことに近いのではないでしょうか。」

4. 用語解説

  • 定公(ていこう):魯の国君。孔子にたびたび政治的助言を求めた人物。
  • 邦(くに)を興す/喪ぼす:国家を立て直すこと/国家を滅ぼすこと。
  • 幾し(ちかし):非常に近い、可能性が高いという意味。
  • 唯其言而莫予違也:自分の言葉に誰も反対しないようにすること。
  • 善くして/善からずして:言葉や判断が正しい場合/正しくない場合。

5. 全体の現代語訳(まとめ)

魯の定公が孔子に尋ねた:

「たった一言で国を立て直すことはできますか?」

孔子は答えた:

「一言ですべてが変わるとは言い切れませんが、それに近いことはできます。
人々は『君主になるのは難しく、臣下になるのも簡単ではない』と言います。
もし君主が自分の責任の重さを理解していれば、その一言で国を立て直すことも不可能ではないでしょう。」

定公はさらに尋ねた:

「では、たった一言で国を滅ぼすことはありますか?」

孔子は答えた:

「これもまた、一言ですべてが崩れるとは言い切れませんが、限りなく近いです。
ある人はこう言います──『私は君主として楽しんでいるのではない。ただ、自分の言葉に誰も逆らわないのがよいのだ』と。
その言葉が正しければ、誰も反対しないのはよいことです。
しかし、もしその言葉が誤っていても、誰も意見しなければ、それは一言で国を滅ぼす原因になるのです。」


6. 解釈と現代的意義

この章句は、**「言葉の持つ政治的影響力」と「リーダーの謙虚さ・自覚」**を説いたものです。

  • 孔子は、正しい認識と責任感ある言葉は国を興し、
     傲慢と自己中心的な言葉は国を滅ぼすと説いています。
  • 「一言にして興す/喪ぼす」は、リーダーの一言が組織・社会を左右するほど重いということの象徴です。
  • さらに重要なのは、「誰も反対しない環境の危険性」──これこそが暴走と崩壊の根本原因であるという警句です。

7. ビジネスにおける解釈と適用(個別解説付き)

  • 「リーダーの一言が組織文化を決める」
     たった一言でも、トップの発言には重みがある。その言葉が方針となり、組織全体の方向性を形作る。
  • 「謙虚なリーダーは組織を活かす」
     自分の立場の重さを知り、部下に耳を傾ける姿勢を持つリーダーは、部下の信頼と健全な議論を育てる。
  • 「イエスマンばかりの環境は危険」
     「誰も自分に逆らわない」ことを喜ぶリーダーは、危機を見過ごし、誤った判断で組織を損なう可能性がある。
  • 「“発言の影響力”を理解せよ」
     経営者・管理職・プロジェクトリーダーは、自分の言葉がどれだけ周囲に影響を与えるかを常に意識すべき。

8. ビジネス用の心得タイトル付き

「一言が組織を興し、一言が組織を滅ぼす──“言葉の重み”を知るリーダーであれ」


この章句は、「言葉と態度の重み」「権力における謙虚さ」「開かれた議論の必要性」という現代組織に不可欠なテーマを内包しています。

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

コメント

コメントする

CAPTCHA


目次