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持たぬ者のほうが、喜びを深く味わえる


目次

🔖 原文(日本語訳)

「われらは何物をももっていない。いとも楽しく生きて行こう。
光り輝く神々のように、喜びを食む者となろう。」
――『ダンマパダ』第5章「愉楽品」第49偈


📝 逐語訳と要点解説

  • 何物ももっていない(akiñcana):財物や地位などに執着せず、無所有・無執着の境地。
  • いとも楽しく生きる(sukhaṁ jīve):内的な安らぎと満足による楽しい生。
  • 神々のように(devā viya):苦しみを離れ、光り輝く存在として描かれる境地。
  • 喜びを食む者(modamānā bhakkhāma):物ではなく、内なる歓喜・悟り・清らかな心を滋養とする生き方。

🧩 用語解説

用語解説
akiñcana(無一物)文字通り「何も持たぬ者」だが、精神的には「執着をもたぬ者」と理解される。
modamānā(喜ぶ者)喜び・歓喜を感じる人。自己充足的である。
devā(神々)清らかで、物質を超えた存在。比喩として用いられ、「高貴な精神状態」にある人を指す。

🌐 全体の現代語訳(まとめ)

私たちは何も持っていない。
それゆえに、自由に、楽しく生きていこう。

財や地位に縛られず、
喜びそのものを食む者となり、
光り輝く神々のように生きていこう。


💡 解釈と現代的意義

この偈は、「物を持つこと」と「幸福であること」が直結しないどころか、
しばしば逆行するものであるという、仏教的逆説を示しています。

  • 持つことは、同時に失う恐れや執着を生む。
  • 手放した人こそが、真に自由に、深く喜びを味わえる。

ここで語られる「神々のような生」は、
物を超えた喜び――すなわち、解放された心の安らぎと静かな幸福を象徴しています。


🏢 ビジネスにおける解釈と適用

観点解釈・適用例
ミニマリズム的思考必要最小限のモノ・リソースで最大の価値を生み出すシンプル経営やライフスタイル。
心の所有を見直す地位・報酬・名誉にしがみつかず、役割や使命を大切にする姿勢が信頼を築く。
価値観の転換「何を得たか」よりも「何を喜びとしているか」に価値の重心を移す。
ウェルビーイング経営物的インセンティブよりも、心理的安全性や仕事の意味の提供が社員の喜びを高める。

✅ 心得まとめ

「手放したとき、人はもっとも深く喜ぶ」

何かを持つことで、
人は満たされると思っている。
だが、何も持たないことが自由であり、
自由であることが、深い喜びを生む

私たちもまた、
「喜びを食む者」となろう。
所有ではなく、歓喜そのものを滋養とする人生を歩もう。


この第49偈で、『ダンマパダ』第5章「愉楽品」は一つの精神的な頂点を迎えます。
次章からは「愚かさ(moha)」に関する教えに入りますが、
この章で得られた**「持たない喜び」**の境地は、今後の指針ともなります。

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