売上高の重要性と小規模企業の課題
売上高は市場における活動を測る指標だ。他社よりも売上高が伸びているという事実は、販売戦略で優位に立っている証拠となる。競争で勝ち続ければ、最終的には相手を打ち負かすことが可能だ。完全に倒せなくても、相手の動きを封じ込め、身動きが取れない状況に追い込むことができる。
いや、そうとは限らない。規模が小さくても、十分な利益を確保できていれば問題はない。何よりも結果が物を言う。我が社の状況を見れば、その証拠と言えるだろう。確かに、その通りだ。
しかし、それは一時的なものでしかない。現状が将来も続く保証はどこにもない。むしろ、同じ状況が続くことなど、ほとんど期待できないと言っていいだろう。何とか存続はできるかもしれないが、それ以上を望むのは難しいかもしれない。
筆者が以前勤めていたA社の社長は、「これ以上会社を大きくするつもりはない」と常に口にしていた。社員数は七十名。製品はオートバイ用のハブブレーキに特化しており、自転車のバンドブレーキ製造から方向転換を図った結果だった。会社の規模拡大を目指さない方針のもと、大口の取引先として本田技研や鈴木自動車のような大企業は不釣り合いだった。その点、七十名規模に見合う取引先として選ばれたのが宮田自転車だった。しかし、その宮田自転車自体が限界企業の状態にあった。
限界企業の定義とその宿命
限界企業とは、業界における占有率が一定のパーセント以下に留まる企業、いわゆる三流企業を指す。そのような企業は、いずれ市場から淘汰され、姿を消す運命にある。宮田自転車もその例に漏れず、ついに倒産へと追い込まれた。そして、主要取引先を失ったA社も連鎖的に倒産の憂き目を見ることとなったのだ
限界企業を取り巻く四つの危険要因
では、なぜ限界企業が生き残ることができないのか、その理由を考えてみよう。限界企業の危機は、社内の問題に起因するのではなく、むしろ社外の環境に起因している。その社外の危険要因は、大きく分けて四つに分類することができる。
第一の要因は「景気の変動」だ。不況に陥ると流通業者は在庫調整を行うため、仕入れを控える。この際、最初に切られるのは限界仕入先からの供給だ。大手の仕入先に手を付けることはなく、限界企業が優先的に排除される。結果として、限界企業は収益を失い、経営が一層厳しくなる。
ある家具錠前メーカーの社長が、不況時に筆者にこう語ったことがある。
「一倉さん、うちの得意先別売上高を見てみると、大手メーカーへの売上は横ばいか、ほんのわずかに下がる程度で済んでいます。しかし、中小メーカー向けの売上は大幅に減少しています。一倉さんがおっしゃっていたこと、その通りですね。」
この言葉は、不況時における流通業者の仕入れの優先順位を物語っている。限界企業がまず切り捨てられる現実を象徴する例と言えるだろう。
これは、中小メーカー自身の危険性を示すだけでなく、そうした中小メーカーを主要な得意先として依存することのリスクも同時に明らかにしている。ここで念を押しておきたいのは、この場合の「中小メーカー」という表現が指すのは、単に売上高の絶対額が小さい企業ではないということだ。むしろ、業界内での占有率が低く、影響力が限られているメーカーを指しているのである。
アパレルメーカーT社から不況対策の相談を受けた際、主要得意先別の売上高の年計グラフを分析した結果、売上があまり減少していない得意先と、大きく落ち込んでいる得意先の二つのグループが浮かび上がった。さらに詳しく検討すると、売上があまり落ち込んでいない得意先は、T社をメインの仕入先としている企業であることが分かった。一方、大きく売上を落とした企業は、T社をメインの仕入先とはしていなかった。同様の傾向は、得意先占有率においても全く同じように見られた。
この事例が示している教訓は明白だ。業界全体における占有率の重要性は論を待たない。しかし、たとえ業界占有率が低くとも、特定の得意先に対する占有率が高い場合には、その得意先に対しては大手企業のような有利さを発揮することが可能だという点だ。言い換えれば、個別の得意先に深く入り込む戦略が、全体の業界占有率に頼らずとも、安定したビジネス基盤を築く一助となり得るのである。
現在の得意先に対する占有率を高める努力を怠りながら、新規得意先の開拓にばかり注力するのは危険だ。ただ見栄えのいい行動に終始し、結果的に占有率の低い得意先を増やすだけでは、大きなメリットは得られないどころか、販売経費の増大というリスクを招くことになる。この点を認識しないままでは、事業の効率も利益率も低下してしまうだろう。
重要なのは、現在の得意先の中で占有率が低い企業に対し、その占有率を高める努力を最優先すべきだという点だ。新規開拓を行う前に、既存の得意先との関係を深め、独占的なポジションを築くことが鍵となる。我社にとって理想的な状態とは、全ての得意先において、我社の占有率がNo.1であることだ。これが実現すれば、安定した取引基盤が形成され、収益の向上にも大きく寄与するだろう。
この戦略により、他社を圧倒しながら安定した高収益を実現し、その成果と実力を土台として新規得意先の開拓に取り組むことができる。そして、新たな得意先においても、我社の占有率をNo.1に引き上げることを目指す。この循環こそが、正しい事業戦略であることを深く理解しておく必要がある。この方針を徹底することで、持続可能な成長と市場での優位性を確立できるのだ。
話を元に戻そう。景気が上向きに転じると、流通業者は在庫投資に積極的になる。需要の増加を見越し、できるだけ早く、しかも価格がまだ上昇していない段階で商品を仕入れ、市場での優位性を確保しようとするからだ。このタイミングを逃さない仕入れが、流通業者にとって大きな利益をもたらす鍵となる。
このような状況で、限界企業から少量ずつ仕入れていては他社に後れを取ることになる。そこで、流通業者は大手の供給元から一気に大量に仕入れる選択をする。結果として、限界企業には注文が回らず、全く相手にされないという事態に陥る。景気回復期でさえ、限界企業の立場は依然として厳しいままなのだ。
不況時には真っ先に売上が落ち込み、景気が上昇局面に転じても他社に後れを取る。この構造では、大手との格差は広がる一方だ。「不況のたびに企業格差が広がっていく」と言われるのは、まさにこの現象を指している。限界企業は景気の波に翻弄されるだけでなく、そのたびに立場が一層不利になるという宿命を背負っているのだ。
限界企業は、景気が良い時でも悪い時でも、常に大手に対して大きなハンデを背負った状態で戦わなければならない。景気の波に翻弄されるだけでなく、それに加えて多くの不利な条件を抱えている。これだけでも厳しい状況だが、実際にはさらに多くの重荷を背負いながら、なんとか生き延びているのが限界企業の現実なのだ。
二つ目のハンデは、市場における知名度の低さだ。顧客は一般的に、知名度の高い企業の商品を優先して選ぶ傾向がある。住宅、機械、消費財など、どの分野でも有名企業の商品が強いのは、この心理に起因している。「銘柄品」と呼ばれるのは、顧客がそのブランドを名指しで購入してくれる商品に与えられる称号だ。限界企業の商品がこれに匹敵する位置に到達するのは極めて難しい。
そのため、限界企業の商品は、有名企業の商品よりも価格を下げなければ売れない。さらに、売上数量も一流品には及ばないため、どうしても収益性が低くなってしまう。不利な条件に加えてさらに不利が重なり、結果として大手との格差はますます広がっていく。この負の連鎖が限界企業の厳しい現実を一層深刻なものにしているのだ。
不利を挽回しようと宣伝広告を強化した場合、思わぬ結果を招くことがある。限界企業が努力して広告を打つと、自社の商品ではなく、大手の商品の売上が増加してしまうのだ。実際、ビール業界では、サッポロやアサヒがコマーシャルを展開した際に、逆にキリンの売上が伸びるという現象が起きた。「我社の費用で敵の売上げを伸ばす」という皮肉な事態だ。
そのため、サッポロとアサヒは、一般的なビールの広告をやめるという決断を下した。そして、当時キリンが展開していなかった「生ビール」に絞って広告宣伝を行うようになった。これがいわゆる「差別化戦略」であり、競争の中で他社との差別化を図ることで自社の優位性を確立する、市場戦略上の重要な手法の一つである。
第三のハンデは、市場の断層、すなわち突然の変動だ。その典型例が石油ショックである。今となっては、当時の石油不足が実際には謀略によって作られた幻想に過ぎなかったことは明白だ。しかし、当時の日本はその事実を知らず、全国が大混乱に陥った。
猛烈な仮需要と思惑による買い占めの結果、原材料は深刻な不足状態に追い込まれた。供給体制が破綻しかけ、限界企業にとっては致命的な打撃となった。このような市場の断層は、規模の小さい企業ほど影響を受けやすく、さらに大手との格差を広げる要因となるのだ。
あの石油ショックの際、原材料供給業者はどのように対応しただろうか。彼らは売上高の実績を基に取引先を選別し、実績の低い得意先から順に供給をストップしていった。これを思い出せば、誰が犠牲になったのかは明白だ。つまり、小規模な企業、いわゆる限界企業や、小さな売上実績の限界得意先が真っ先に切り捨てられたのである。この現実が、限界企業の厳しい立場を改めて浮き彫りにしている。
万年筆の自由化が進んだ結果、限界商品であったマスター万年筆は店頭から姿を消した。輸入万年筆を陳列するためのスペースが必要となり、その場所がマスター万年筆の陳列スペースから割かれたためである。このように、大手企業から新規参入の商品が登場すると、流通業者はそちらに乗り換える傾向が強まり、限界商品は次々と切り捨てられていく。
業界に変化が起こるたびに、限界企業や限界商品は大きな被害を受ける。それは市場の構造的な問題であり、限界企業が生き残るためにはこれをいかに克服するかが鍵となる。
第四のハンデは社会的な信用の低さだ。企業規模が小さいために、限界企業は信用度で大手に大きく劣る。この影響は様々な面に及ぶ。原材料や仕入商品の調達において、小口取引となるために単価が高くなるのは避けられないとしても、決済条件が非常に厳しくなるという問題がある。
さらに、金融面でも不利は顕著だ。銀行からの借入金に対する利率は大手より高く設定されることが多く、手形の割引料も同様に割高になる。こうした社会的信用の差は、限界企業が生き残りを図る上での大きな障壁となる。
さらに、銀行融資を受ける際には保証協会の保証料を負担させられることもある。このような追加的なコストは限界企業の経営を一層圧迫する。また、社員を募集しても応募者が少なく、必要な人材を確保するのも難しい。その結果、たとえ増員すれば業績が向上する見込みがあっても、それを実現することが容易ではない。
こうした状況から、せめて建物だけでも立派にして外見を取り繕い、社会的な信頼感を高めようと考える企業も出てくる。しかし、それが根本的な解決策にはならず、限界企業が直面する課題の本質を変えるものではない。
限界企業は、これまで挙げたような市場の変化に直面するたびに、常に最大の被害を受ける立場にある。その被害を受け止め、乗り越えるだけの力も、十分な信用も持ち合わせていない。その結果、市場競争が激化するにつれて体力を消耗し、次第に立場が弱まっていく。そして、最後には耐えきれず、倒産に至るという宿命を背負っているのである。これが限界企業の厳しい現実だ。
限界企業脱出の鍵:市場原理の活用
限界企業の将来が倒産である可能性を念頭に置き、何としてもその状況から脱却する手立てを講じる必要がある。しかし、限界企業が常に大手よりも不利な立場に置かれている現状を考えると、「一体どうすれば脱出できるのか? 市場原理に照らせば不可能ではないか」という疑問が生じるかもしれない。それは、もっともな疑問だ。市場競争の厳しさを前に、限界企業が生き残る道を見つけることは簡単ではない。だが、そこにこそ打開策を模索する意義がある
結論を先に述べると、限界企業がその状況から脱却することは可能である。そして、その可能性を実現する鍵となるのも、まさに市場原理そのものだ。市場戦の本質である占有率争いを正しく理解し、そのルールを活用することで、限界企業にも生き残りの道が開けるのだ。この原理をどう使うかが、成功と失敗を分けるポイントとなる。
その理由については後ほど詳述するが、注意すべきは、市場原理の持つ二面性だ。同じ市場原理が、限界企業に脱出の道を与える一方で、油断すれば限界企業ではなかった企業をも限界企業へと転落させる力を持っている。市場原理は公平であるがゆえに、正しく活用しなければその厳しさに呑まれてしまうのだ。この点を見過ごすことは、致命的な結果を招く可能性がある。
「どういうことだ?」と混乱するかもしれないが、心配は無用だ。すべては同じ市場原理で説明が可能である。だからこそ、この市場原理を正しく理解することが重要であり、それを基にして誤りのない作戦を立てなければならない。市場原理を知り尽くし、戦略に活かすことで、限界企業からの脱出も、防御も実現できるのだ。
「限界企業を超えて:市場原理を活用した生き残り戦略」
企業が直面する課題の中でも、限界企業の運命は最も厳しいとされる。限界企業とは、業界での占有率が低く、景気や競争の変化に大きな影響を受けやすい小規模企業のことである。こうした企業は大手との競争において著しく不利な立場にあり、変動の激しい市場環境では倒産リスクが常に伴う。
占有率の低さが示すもの
限界企業の最大の課題は、その低い占有率にある。占有率が上がらなければ、事業の存続さえ難しくなるのが現実だ。売上高は一時的に上がっているかもしれないが、競合がそれ以上に成長していれば、実質的にその企業の市場地位は後退している。競争とは口先の話ではなく、占有率を通じて日々の戦いが繰り広げられているのだ。
限界企業が背負う四つのハンデ
- 景気変動の影響:不況時には流通業者はまず限界企業からの仕入れを止めるため、限界企業は大手よりも早く売上が減少する。また、景気が回復するときも、大手にまとめて発注がいくため、限界企業は遅れを取る。
- 知名度の低さ:市場では知名度の高いブランドが圧倒的に有利であり、消費者はまず知名度のある商品を選ぶ傾向が強い。限界企業は値下げをしないと市場で競争力を発揮できず、利益率も低下しがちだ。
- 市場の断層への弱さ:石油ショックのような市場の急激な変動は、限界企業にとって致命的となりうる。こうした変動時、限界企業は真っ先に取引先から切り捨てられることが多い。
- 社会的信用の低さ:限界企業は資金調達の際に高い利率を課せられたり、信用の低さゆえに取引条件で厳しい対応を受けたりする。こうした点で競争が激化するにつれ、次第に限界企業はその地位を弱め、最終的に消え去る可能性がある。
限界企業の未来を変える「市場戦略」
しかし、限界企業が大手との競争を脱却し、未来を切り開くことも可能である。その鍵は、知名度や占有率に基づく市場原理を戦略的に活用することだ。まず、限界企業は無闇に新しい市場を開拓するのではなく、既存の取引先との関係を深め、得意先占有率を上げることに注力すべきだ。この「市場の深耕戦略」によって、確実な収益基盤を構築することができる。
「占有率争い」を超える戦い方
市場戦とは占有率争いであり、競争相手を出し抜くための知恵と戦略が必要だ。限界企業であっても、賢い市場戦略と集中した資源投下によって、特定の市場で高い占有率を実現できる。成功した限界企業は、こうした集中戦略によって一時的にでも優位性を発揮し、やがてはその市場で確固たる地位を築いていくことが可能である。
市場原理の理解と実践
市場戦略とは、限界企業の生き残りを決定づける基本戦術であり、これを活かすには市場原理の深い理解が不可欠である。限界企業が市場で生き残るためには、自らの置かれた環境を正確に分析し、集中と選択の戦略を通じて確かな成長基盤を築くことが求められる。
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