D精密は、創立から20年もの間、驚異的な収益性と成長を維持し続けている超優良企業だ。同社は間もなく株式市場の第二部上場を果たす見込みで、ますます注目を集めている。その強みの背景には、10年間にわたる長期経営計画の存在がある。しかし、さらに特筆すべきは、10年後のバランスシートのみならず、将来の初任給まで具体的に設定されている点だ。この事実は、経営計画の枠を超え、未来を見据えた企業哲学そのものを物語っている。
長期経営計画の基盤は「賃金」
専務のD氏に「長期経営計画をどのように構築したのか」と尋ねると、意外な答えが返ってきた。「賃金を基準にしました」と語るD氏によれば、10年後には現在のEU諸国と同等の賃金水準に到達するという前提を基に計画を立案。その結果、従業員数を3倍に、売上を5倍に拡大する目標を設定したという。賃金を軸にした計画作成は、的確かつ独創的なアプローチとして高く評価されるべきだ。
長期計画の柱となる7つの要素
D精密の長期経営計画は、以下の7つの項目に細分化されている。
- 売上計画
- 付加価値計画
- 設備計画
- 要員計画
- 運転資金計画
- 金融計画
- 引当金計画
この計画の核心は「付加価値」を中心に据えている点にある。付加価値は、単なる売上の指標ではなく、企業の真の経済的成果を測るものと位置づけられている。そのため、売上はあくまで目安に過ぎず、安易な値下げで売上目標を達成しても、付加価値が伴わなければ本末転倒になるという認識が徹底されている。
未来を見据えた新製品計画
計画では、現有製品の売上予測と目標付加価値との差額を算出。その差を埋めるための新製品を詳細に設計している。新製品の導入時期まで明確に設定され、何年も先の不足を現段階で予測し、対応策を講じている点に、計画の先見性が表れている。これはまさに「現在において未来を築く」取り組みの典型例といえる。
権限委譲による効率的な設備計画
設備計画では、投資金額の年度別配分はもちろんのこと、具体的な購入内容の決定を事業部長に委ねている。各事業部長は与えられた目標を達成する責任を持つため、その達成に必要な判断権限も同時に与えられている。この権限委譲は、責任と権限をセットで管理する合理的な経営手法として評価できる。
人材戦略と高い定着率
計画的な人員配置に基づき、必要な要員を常に確保しているD精密。特筆すべきは定着率の高さで、ほぼ100%という驚異的な数字を誇る。同社では、この高い定着率が「当たり前」の状態として維持されており、それが企業の成長を支える重要な要因となっている。
資金計画と引当金計画の卓越性
資金計画では回転率を重視し、その成果を目標バランスシートとして具体化。さらに、引当金計画を取り入れている点は、国内の他企業と一線を画す独自性を示している。このような緻密な計画が、D精密の財務基盤を支えているのだ。
緻密かつ実効性のある計画運用
長期経営計画はA4用紙15枚程度に簡潔にまとめられ、その完成度は「芸術」とも形容される。しかし、この芸術は観賞用ではない。5年間の中期計画、さらには年次単位の短期計画へと落とし込まれ、それぞれの計画は実効性を伴う形で運用されている。短期計画は月ごとに進捗がチェックされ、状況に応じた対策が迅速に講じられる仕組みだ。
長期計画の価値を語る専務の言葉
「長期計画どおりに進むことはまずありませんが、ずれはごくわずかです。大部分については事前に対応済みなので、ずれた部分だけ修正すればいいのです。この計画があるからこそ、経営は格段にやりやすくなりました」と専務は語る。この言葉には、計画が持つ力と、その実効性への絶大な信頼が込められている。
D精密の成功の背後には、未来を的確に見据え、計画を着実に実行するための堅実な経営哲学がある。同社の取り組みは、企業経営における理想的なモデルケースといえるだろう。
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