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■引用原文(『中庸』第十二章)
君子之道、費而隠。夫婦之愚、可以与知焉。及其至也、雖聖人亦有所不知焉。
夫婦之不肖、可以能行焉。及其至也、雖聖人亦有所不能焉。
天地之大也、人猶有所憾。故君子語大、天下莫能載焉。語小、天下莫能破焉。
詩云、「鳶飛戻天、魚躍于淵」、言其上下察也。
君子之道、造端乎夫婦、及其至也、察乎天地。
■逐語訳
- 君子之道、費而隠:君子の行う道は、明らかで目に見えやすい一方で、奥深く隠された面もある。
- 夫婦之愚、可以与知焉:世間一般の平凡な男女でも、それを理解することはできる。
- 及其至也、雖聖人亦有所不知焉:だが、その極みに至っては、聖人ですら理解しきれない部分がある。
- 夫婦之不肖、可以能行焉:平凡で無能な者でも実践は可能だ。
- 及其至也、雖聖人亦有所不能焉:だが、極点においては、聖人でも完全には行えないところがある。
- 語大、天下莫能載焉;語小、天下莫能破焉:道の大きさを語れば、天下の何者も受けきれない。小ささを語れば、これ以上分けられぬほど微細である。
- 鳶飛戻天、魚躍于淵:鳶が空高く飛び、魚が深淵で跳ねる――これは道が上下にゆき渡っていることを表す。
- 造端乎夫婦、及其至也、察乎天地:君子の道は、庶民の暮らしから始まり、ついには天地の深奥にまで通じている。
■用語解説
- 費(ひ):明らかで顕著であること。
- 隠(いん):奥深く、表には見えにくいこと。
- 夫婦:ここでは「一般庶民」や「平凡な男女」を意味する。
- 憾(うらみ):不満、物足りなさ。天地の偉大さですら、人間にとっては完全ではない。
- 鳶飛・魚躍:『詩経』より引用された表現。自然界の中で道が隅々にまで行き渡っていることの象徴。
- 察(あきらか・いたる):ここでは「極めて明らかである」あるいは「行き届く」という意味。
■全体の現代語訳(まとめ)
君子の行う道は、誰にでも見えるほど明らかな一面を持ちながら、同時にとても奥深くて見えにくい面もある。
ごく普通の男女でも理解や実践は可能だが、その道を極めるとなると、聖人ですら知り尽くせず、行い尽くすこともできないほどに深い。
天地のように偉大な存在でも、すべての不満を満たすことはできないのだから、君子が道を語ると、その「大きさ」は世界をも覆い尽くし、「小ささ」はこれ以上分割できないほどの精妙さを持っている。
『詩経』の言葉のように、道は上下あまねくゆきわたり、その始まりは身近なところに、極まりは天地の隅々にまで達するのである。
■解釈と現代的意義
この章句は、中庸の道が単なる道徳的スローガンではなく、生活の根底に根差しつつも宇宙的なスケールを持つ哲理であることを説いています。
- 中庸の道は誰もが触れられるが、誰も極められない
- 庶民的な日常から、聖人すら及ばない理想へと連なる連続的な道
- 「大」も「小」も含む普遍的真理が、中庸という徳に内包されている
この考え方は、現代で言うところの「ミクロからマクロまで一貫した原理」や、「個人の在り方と社会・自然との連動性」を示すものです。
■ビジネスにおける解釈と適用
観点 | 解釈・適用例 |
---|---|
リーダーシップ | 日常的な部下との接し方(身近な夫婦のレベル)を整えることが、企業理念のような抽象的価値(天地)に連なる。 |
教育と成長 | 「誰にでもわかる」ことを積み上げると、「誰にも到達できない高み」に至る。基礎の継続こそが飛躍への道。 |
ビジョン設計 | 大きなビジョンは「天下をも載せきれない」ほど壮大でよい。だが、それを支える行動は「天下の誰にも壊せない」ほど小さな丁寧さが必要。 |
品質・サービス | 最も細部に宿る哲学と、最も広い範囲に効く価値を持たせる姿勢こそが、ブランドと信頼を築く。 |
■心得まとめ
「中庸とは、誰でも始められ、誰にも極められぬ道である」
道とは特別な人が説く遠いものではない。日々の生活、誰にでもできる誠実な行為の積み重ねの中に始まり、それがやがて天地の理にも通じる。
君子の道とは、平凡な暮らしを深く掘り下げていくことで、やがて世界と宇宙に通じる普遍へと昇華していく、静かで偉大な生き方である。
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