教育せずに戦争に駆り立てることは民を災いに導く
孟子は言った。
「もし民を適切に教育せずに、戦争に駆り立てることは、民を苦しめ、災いを与えるだけです。これは、堯・舜のような理想的な時代においては決して許されることではありません。仮に戦争で斉に勝利し、南陽を手に入れたとしても、それは決して良いことではないのです。」
慎子がこれを聞いて、不愉快な顔をして言いました。
「そんなことは私の責任ではありません。」
孟子は、戦争に駆り立てることがいかに無責任で、民の苦しみを増すことであるかを強調しました。
民を教育しないで戦争に駆り立てることは、単なる戦争ではなく、民に災いをもたらす行為であり、そのような行動は理想的な時代には決して許されないと警告しています。
原文と読み下し
魯、欲使愼子為將軍、孟子曰、不教民而用之、謂之殃民、殃民者、不容於堯・舜之世、一戦齊、南陽、然且不可、愼子勃然不悦曰、此則滑釐不識也。
魯(ろ)には、愼子(しんし)をして将軍にせんと欲す。孟子(もうし)は曰(いわ)く、「民を教えずして之を用うるは、之を民を殃すと謂う。民を殃する者は、堯・舜(ぎょう・しゅん)の世に容れられず。一たび戦いて斉に勝ち、遂に南陽を有つとも、然も且つ不可なり。」愼子は勃然として悦ばずして曰(いわ)く、「此れ則ち滑釐(かつり)の識らざる所なり。」
※注:
- 民を教えずして:民を教育せずに、という意味。ここでは、民に適切な教育を施さずに戦争に駆り立てることを批判している。
- 勃然(ぼつねん):不快や怒りを表す表現。慎子が不愉快な顔をして反論する様子を表す。
- 滑釐(かつり):慎子の名前。彼が反論する場面。
パーマリンク案(英語スラッグ)
the-danger-of-war-without-education
(教育なしの戦争の危険)war-without-preparation
(準備なしの戦争)misleading-war-without-teaching
(教育なしで戦争を誤らせる)
この章では、民を教育せずに戦争に駆り立てることがどれほど危険で無責任であるかを孟子が強く指摘しています。
『孟子』公孫丑章句下より
1. 原文
魯、欲使愼子爲將軍。
孟子曰、不敎民而用之、謂之殃民。殃民者、不容於堯・舜之世。
一戰而勝齊、遂有南陽、然且不可。
愼子勃然不悅曰、此則滑釐之不識也。
2. 書き下し文
魯、慎子(しんし)をして将軍たらしめんと欲す。
孟子曰(いわ)く、「民を教えずして之を用うるは、これを民を殃(わざわ)いするという。民を殃する者は、堯・舜の世に容(い)れられず。
一たび戦いて斉に勝ち、遂に南陽を有つとも、しかもなお不可なり。」
慎子、勃然として悦ばず、曰く、「これは則ち滑釐の識らざる所なり。」
3. 現代語訳(逐語/一文ずつ)
- 魯の国が、慎子を将軍として起用しようとした。
- それに対して孟子は言った:「民を訓練もせずに戦に用いるのは、民を災いに晒すということだ。民を災いに巻き込む者は、堯や舜の理想的な統治の時代には決して許されない。」
- 「仮に一度の戦いで斉に勝利し、南陽を得たとしても、それでもなお、それは正しくないのだ。」
- 慎子は顔色を変えて不快感をあらわにし、「それは滑釐の知恵が足りないからだ」と言った。
4. 用語解説
用語 | 解説 |
---|---|
慎子(しんし) | 魯の武人・政治家。将軍に任じられようとした人物。 |
殃民(おうみん) | 民を災害に遭わせる、害すること。「殃」は災難・祟り。 |
堯・舜(ぎょう・しゅん) | 古代中国の理想的な聖王。儒家の政治理念の根幹。 |
南陽(なんよう) | 戦利品として想定されていた地域。現実の利得の象徴。 |
勃然(ぼつぜん) | 激しく怒るさま、または表情を変えるさま。 |
滑釐(かつり) | 魯の識者。孟子がその意見に同調していたと慎子が非難している。 |
5. 全体の現代語訳(まとめ)
魯の国が慎子を将軍として起用しようとしたとき、孟子はそれに強く反対した。
彼はこう述べる──「民衆を訓練もせずに戦争に駆り出すのは、その命を無駄に扱う“殃民”行為であり、そんなことは理想の王道(堯舜の時代)では絶対に許されなかった。」
たとえ戦争に勝ち、領土を得たとしても、民を害するやり方は認められない。
これに対して慎子は怒り、「それは滑釐のような者には理解できないのだ」と非難した。
6. 解釈と現代的意義
この章句の核心は、「結果が良ければ手段は問わない」という考えを孟子が否定している点にあります。
- 成果(領土拡大や勝利)を理由に、プロセス(民を教えず、無謀な戦いに駆り出す)を正当化することは、王道から大きく外れる。
- 孟子の価値観では、民を大切にし、準備と教育によって人を活かすことが統治の本質です。
- 「勝てば官軍」的な思考を孟子は強く戒めています。
7. ビジネスにおける解釈と適用(個別解説付き)
❖ 「教育なき活用は、“使い捨て”と同義である」
未熟な人材を育成もせずに現場に投入することは、その人だけでなく組織にも害を及ぼす。
人を育てずに使う経営者・マネージャーは“殃民”のリーダーである。
❖ 「成果主義の落とし穴:勝っても“手段”が不正なら、それは正義ではない」
売上や勝利を上げても、その過程で社員が疲弊し、信頼や誠実さが損なわれたなら、それは“損”である。
倫理と成果の両立がなければ、永続性はない。
❖ 「批判を受け入れず、逆に非難する者は、成長を拒絶している」
慎子のように意見に耳を貸さず、感情的に反論するリーダーは、組織を危うくする。
自己弁護より、改善への謙虚さを。
8. ビジネス用心得タイトル:
「教えずして使うな──“成果”より“人の命と道理”を優先せよ」
この章句は、人材育成・戦略的判断・倫理観に関する鋭い教訓を含んでおり、
特に人を使う立場にある経営者・管理職にとって重要なリーダーシップ指針です。
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