一、原文
大石小助内頭人の時分、夜中に御内女中部屋の辺に紛れ者忍び入り候に付き、捕ヘ申すとて、上を下にかへし、男女上下走り廻り候に、小助相見えず候故、老女など方々尋ね候へば、御打物の鞘をはづし、お次の間にすわり、黙り候て居り申し候。御身辺に人これなく候故、心許なく存じ候て、守り居り申し候。気の付け所違ひ申したる事にて候由。右忍び入り候者は成富吉兵衛なり。浜田市左衛門が一類、密通事にてお仕置仰付けられ侯。
二、書き下し文
大石小助が内頭人(奥向きの責任者)であったとき、
夜中に女中部屋のあたりに不審者が忍び込むという事件があった。
殿中は大混乱となり、男女・身分の上下を問わず人々が走り回っていたが、
当の責任者である小助の姿が見えなかった。
老女たちが心配して捜し回ったところ、小助は主君の寝室の次の間に、
刀の鞘を外して正座し、沈黙のまま主君の身を守っていた。
誰も主君のそばにいないことに不安を感じ、そこに“じっと”いたのだった。
これこそが「気のつけどころが違う」ということだと評された。
なお、侵入者は成富吉兵衛であり、過去にも密通事件で処罰された一派であった。
三、用語解説
用語 | 解説 |
---|---|
内頭人(うちがしらにん) | 奥向き(御殿内)の総責任者。女性の従者・女中の管理統括も担う。 |
お次の間 | 主君の寝室の隣にある控えの間。近臣や護衛が控える場所。 |
鞘をはずす | 武士が戦闘準備をした状態。いつでも刀を抜ける構え。 |
君側 | 主君のすぐそば、という意味。直接的な警護・奉仕の場を指す。 |
四、全体現代語訳(まとめ)
奥御殿に不審者が忍び込む騒ぎが起きた。皆が大騒ぎして走り回る中、
奥向きの責任者である大石小助がどこにも見当たらなかった。
だが実際は、小助は主君の寝所の隣室に座し、刀の鞘を外して警護の構えを取っていた。
主君のそばに誰もいないことを心配し、“動かずに守る”という行動を取っていたのだ。
その姿勢は、ただ騒動に駆け回る多くの者たちとは一線を画し、「気のつけどころが違う」と評された。
五、解釈と現代的意義
この章句は混乱の中で最も守るべき“本質”を見誤らない眼と行動が評価された事例です。
✔教訓:
「最も騒がしい場所ではなく、最も静かに危うい場所に身を置ける者が、真の忠義者である」
これは現代でいう「重要顧客がトラブルに巻き込まれたときに誰が最後までケアにあたるか」と同義。
多数が表層的な課題に飛びつく中、核心の“守るべき存在・価値”にこそ注意を向けよというメッセージです。
六、ビジネスにおける解釈と応用
シーン | 例 | 応用ポイント |
---|---|---|
トラブル発生時 | システム障害時、周囲が復旧に走るなか、最重要顧客や役員対応を怠らない | 動かない“姿勢”が信頼を生む |
組織危機対応 | 社内不祥事や外部からの攻撃時に、リーダーや会社の“信頼”を守る担当に徹する | 派手に動くより「支えること」を選べ |
プロジェクト混乱時 | 誰もが進捗や数値に奔走する中、「目的」「価値」「理念」をぶらさず保つ役割 | 真の“護衛”は外に出ず、背後を支える |
七、心得まとめ
「混乱の中で、“守るべき核心”にとどまれる者になれ」
- 表面的な行動で目立つより、「要の場」に居続ける静かな勇気を持て
- 本質から離れた働きは、どんなに汗をかいても評価されない
- 周囲が走り回るときほど、“自分が今いるべき場所”を見失うな
✍補足:この話が今日に通じる理由
現代社会は“目に見えるパフォーマンス”に偏重しがちです。
しかし、組織やチームにおいて本当に信頼される人間とは――
- 最悪の場面でも「肝心な場所」に静かに立ち続けている人
- その立ち位置が、みなを安心させ、組織を守っている人
このような存在です。
あなた自身が、「誰よりも動く人」ではなく、
「最も大切なものを守る人」であることを目指してみてください。
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