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未来事業という考え方

昭和51年にヨーロッパを訪れた際、再びジーメンス社を訪問した。その際、同社の決算書を手に入れる機会があった。とはいえ、それはバランスシートと損益計算書が記載されたカタログ形式のものだった。

さっそく分析を始めたところ、売上高利益率はわずか1.5%しかなかった。しかし、その日の同社幹部の説明によれば、売上高の6%を新技術の開発費に充てているとのことだった。

売上高の6%という数字は非常に大きい。何しろ、ジーメンス社の売上高は日本の日立製作所とほぼ同等の規模だ。その膨大な額を技術開発に継続的に投入している事実には驚かされる。日本の大企業の平均的な開発費率が3%程度であることを考えれば、この違いは明白だ。世界トップレベルの地位を維持している理由が、まさにここにある。

もし日本の大企業と同様に開発研究費を3%に抑えたとしたら、その分、たちまち利益率を3%上乗せすることが可能だ。それだけの潜在的な収益力を持ちながら、あえて利益を削り、新たな技術開発へと資金を投じている。この選択は、目先の利益を追うのではなく、未来の収益基盤を強化する道を選び取った結果と言える。

アメリカのシカゴには、スピードファムという平面研磨機の専門メーカーが存在する。従業員数は約70名の小規模な企業だ。

昭和50年の春、アメリカを訪れた際にスピードファムを訪問した。当時のアメリカは石油ショック後の長期不況の真っただ中で、失業率は8%に達していた。しかし、その中でこの小さな企業は驚くほどの高収益を上げており、なんと4,000台もの受注残を抱えて悠然と経営していた。従業員わずか70人の会社が400台の受注残を持つだけでも十分驚異的だが、4,000台という数字にはただただ感服するばかりだった。

スピードファムが高収益を実現していた理由は、まずその独創的な機構にあった。高精度の多数同時研磨を、ほとんど熟練を要さずに実現できる技術力が基盤となっていた。しかし、それだけではない。彼らの成功を支えたのは、驚くほどの販売努力でもあった。

同社の経費率は業界平均の3倍に達していたが、その多くが販売促進費として投じられていた。それほどのコストをかけながらも、同業他社を上回る収益を確保していたのだ。大胆な投資と効率的な販売戦略が、彼らを不況下でも輝かせる要因となっていたのである。

現在の利益を惜しみなく削り、それを将来の売上拡大に投じる。この方針が、長期的な安定収益を確保する基盤となっている。そして、その収益をさらに将来の成長に向けて再投資する。このサイクルを繰り返すことで、持続的な発展を目指しているのだ。

社長もこの戦略を力強く語り、「我が社の強みはまさにここにある」と自信たっぷりの様子だった。その姿勢からは、短期的な利益にとらわれず、未来を見据えた経営への揺るぎない信念が感じられた。

現在の利益をあえて削り、それを将来の売上拡大に振り向ける。この戦略が、長期的な安定収益を築く柱となっている。そして、その収益をさらに未来への投資に回す。このサイクルを繰り返すことで、持続的な成長を実現するという方針だ。

社長はこの考え方を強調し、「我が社の最大の強みはこの戦略にある」と自信たっぷりに語っていた。その言葉からは、短期的な利益よりも未来への可能性に重きを置く経営哲学がひしひしと伝わってきた。

ついでに同社について触れると、部品はすべて外注し、社内では最終的な総組立てだけを行うという体制をとっている。この方法こそ、私が主張している「設備を持たないメーカー」の典型的な姿そのものだ。必要最小限の設備で高効率な経営を実現している姿には、理論が実践で証明されている確かな手応えを感じた。

さらに感銘を受けたのは、会社の状況を説明する際、社長が一切の資料に頼ることなく、バランスシートと損益計算書の数字を黒板に書き出した場面だ。しかも、書かれた数字は絶対値ではなく、バランスシートは総資本を100%とした比率、損益計算書は売上高を100%とした比率で示されていた。

この方法は、数値が直感的に理解しやすいだけでなく、他社との比較にも非常に役立つ。シンプルで効果的なこの手法は、読者諸兄にもぜひ採用を検討してほしいと思う。数字の本質をつかむための優れたアプローチだと確信している。

T社はF県に本社を構える、従業員が40名に満たない食品メーカーだ。わずか4年前までは、地元市場でのシェアが第4位に甘んじていたが、現在では地場での首位を確保している。その勢いは止まらず、次なる目標は全国ナンバーワンの座を目指すという大胆な挑戦に向けられている。

T社の躍進を支える秘密は、まず第一に、新商品の開発を次々と行い、時代遅れとなった商品を果断に捨てるという「スクラップ・アンド・ビルド」の徹底にある。しかし、それ以上に注力しているのが販売だ。この販売力こそが、同社の成長をけん引する原動力となっている。開発と販売の両輪が絶妙にかみ合い、躍進を実現しているのだ。

T社長の経営哲学は、セールスマンの増強において常に先手を取ることを重視している。毎年の経営計画で要員計画を立て、必要なセールスマンを確保するのはもちろんのこと、それに加えて適任者が見つかれば、計画外であっても迷わず採用するという方針だ。その決断は徹底しており、場合によっては経常利益がゼロになるリスクさえもいとわない。優秀な販売人材こそが、将来の成長の要であるという信念に基づいた大胆な経営判断だ。

T社長の考えでは、優秀なセールスマンは来期以降の大きな戦力となる。そのため、短期的な利益を犠牲にしてでも、長期的な安定利益を目指して販売体制を強化することが重要だと捉えている。一方で、同業他社の社長たちは、この方針を無駄遣いだと批判し、「そこまでセールスマンを増やす必要はない」と否定的な見解を示している。しかし皮肉なことに、そうした会社の多くが売上不振に苦しんでいるのが現状だ。T社の戦略が成果を上げる一方で、彼らは結果的にその差を広げられている。

これまで繰り返し述べてきたように、事業が存続するためには、市場と顧客の要求を的確に満たす商品やサービスを提供することが絶対条件だ。それができなければ、どれほど優れた設備や技術を持っていても、事業の継続は不可能である。市場と顧客を中心に据えた価値提供こそ、すべての基盤となる。

市場と顧客の要求は常に変化し続けるものであり、その動きは予測不能だ。つまり、現在提供している商品やサービスが、将来にわたって顧客の要求を満たし続けられる保証はどこにもない。過去の成功や現状の満足に安住することなく、常に市場の動向を見極め、柔軟に対応していくことが、事業の存続と発展の鍵となる。

そうであるならば、現在の商品がまだ顧客の要求を満たし、収益を上げているうちに、次の手を打つ必要がある。我社の将来の収益を支える商品、すなわち顧客の将来の要求を満たす商品を今のうちに開発しておかなければならない。市場の変化を見越し、時代を先取りした商品を準備することが、長期的な事業の安定と成長を確保する唯一の道である。

将来の収益を創出するために現在進めている活動を「未来事業」と定義し、その活動にかかる費用を「未来事業費」と呼んでいる。この概念は、単なる現在の利益追求ではなく、未来の市場や顧客の要求を見据えた投資を体系化したものだ。未来事業費は、単なるコストではなく、将来の成長と安定を保証するための戦略的な資源配分と言える。

優れた企業は、現在の利益を追求するだけでなく、将来の利益にも目を向け、将来に向けた布石を確実に打ち続ける。一方で、凡庸な企業は目先の利益にのみ固執し、将来の利益を考えるどころか、それを犠牲にしてでも現在の利益を確保しようとする。こうした短期的な視点では、長期的な事業の安定は望めない。その結果、こうした企業の未来がどうなるのかは極めて不安であると言わざるを得ない。持続的な成長を目指すには、現在と未来の両方にバランスよく注力することが不可欠だ。

優れた社長は、目先の今年のことには固執せず、常に会社の未来を見据えて動いている。一方で、凡庸な社長は、今年の業績にばかり気を取られ、未来への布石を怠る。実際、優れた会社の社長は、今年の成果を生むための施策をすでに2年前に講じており、今はさらに先を見据えて次の手を打っているのだ。この先見性こそが、成功する企業を率いるリーダーの決定的な違いである。

「未来事業には人も費用も必要で、重要性は分かっていても実際には捻出できない」という意見を述べる社長もいる。確かに、一理ある主張だ。しかし、私はそうした言葉を口にする社長に対して、「本気で未来事業に取り組む覚悟があるのか」と問いかけたい。なぜなら、本気で取り組む意志さえあれば、たとえ中小企業であっても実現可能だからだ。その証拠に、中小企業でありながら未来事業を成功させた例はいくつも存在する。

たとえば、従業員数がわずか数十人規模の企業であっても、創意工夫を凝らして開発力や販売力を強化し、限られたリソースを最大限に活用することで、未来事業を推進した企業がある。規模の大小ではなく、重要なのは覚悟と戦略である。要は、現状の制約を言い訳にするのではなく、可能性を信じて挑む姿勢こそが成功の鍵なのだ。

F社は、従業員が30人にも満たない小規模な菓子メーカーだ。私が訪問した当時、同社は数年間にわたる赤字経営に苦しみ、資金繰りは極めて厳しい状況にあった。商品の現物を見せてもらい、試食も行ったところ、いくつかの課題が浮かび上がった。

まず、商品の品質には改良の余地があり、味や見た目に手を加える必要があった。そして、パッケージデザインに関しては、消費者に与える印象を一新するために、思い切ったイメージチェンジが求められる状況だった。商品そのものだけでなく、見せ方や消費者への訴求力に大きな改革が必要であることが明確になった。

私はF社長に対して、「あなたの会社が厳しい状況にあることは十分理解している。しかし、このままでは事業の存続すら危うい。だからこそ、大幅な商品改良をどうしても行わなければならない」と強く伝えた。

さらに、「商品こそが事業の命であり、どんな困難があろうとも、ここで改革に踏み切らなければ未来はない。それが、会社の業績を向上させるための確固たる基盤となるのだ」と力説した。事業を再生するには、現状を突破する覚悟と行動が必要不可欠だという思いを込めた言葉だった。

F社長は私の勧告を全面的に受け入れた。しかし、人手も資金もほとんどない状況でのスタートだった。それでも社長は、自らの努力と工夫を重ね、限られたリソースを最大限に活用しながら改良を進める道を選んだ。

現場に入り込み、自ら陣頭指揮を執る一方で、従業員と共に知恵を絞り、外部の協力も仰ぎつつ商品やパッケージの改善に取り組んだ。その姿勢からは、逆境を乗り越えようとする強い意志と覚悟が感じられた。これがF社の再生に向けた第一歩となったのである。

まず、人手の問題に直面したが、これには社長自身が直接取り組んだ。昼間は顧客訪問に奔走し、時間が全く取れないため、試作作業は夜間に集中させた。毎晩遅くまで、自ら試作を重ね、その成果を私のところにも次々と持ち込んできた。

試作を重ねるごとに改良が進み、次第に質の高い商品が完成し始めた。幸いにも、菓子という性質上、試作にかかる費用が比較的少なくて済んだことが救いだった。この低コストでの改善が可能だったことが、資金難の中でも進展を見せる一因となった。社長の熱意と努力が商品改良を大きく前進させた瞬間だった。

ある日、F社長は私にこう話した。「灘の水を使ってみたのですが、これを使うと味が一段とよくなります」。その言葉からは、少しでも商品の質を高めようとする真摯な姿勢と、細部にまでこだわる情熱が伝わってきた。その熱意には心底感服せざるを得なかった。

資金も人手も乏しい中で、ここまで徹底して商品の改良に取り組む姿は、まさに事業を再生しようという覚悟の表れだった。この努力こそが、F社を再び成長軌道に乗せる原動力となると確信した。

ある日、F社長が「灘の水を使ってみたところ、味がさらに良くなることを実感しました」と語った。その情熱には感服せざるを得なかった。

その情熱に心を打たれ、知り合いの印刷会社に事情を伝えた。当面の間、特別価格でパッケージを提供してもらえるよう頼み、協力を取り付けたのだ。自らの熱意が他者を動かした結果だった。

次第に、新たなデザインをまとった新商品が次々と完成し、これらが会社の新たな戦力となっていった。そして一年ほど経った頃、F社長の斬新なアイデアから生まれた驚くほど美味しい商品がついに完成した。誰に試食を頼んでも「これは本当に美味しい」と絶賛される出来栄えだった。F社長はその手応えを確信し、満を持して市場に投入した。その結果は期待以上。社長のたゆまぬ努力がついに実を結び、この商品がF社の成長を牽引する原動力となった。

F社の業績は着実に向上し、ほぼ完全な黒字基調が確立された。こうなれば銀行の態度も一変し、「必要なだけ資金をお貸しします」と、急に融資に積極的な姿勢を見せるようになった。

しかし、F社長はあくまで慎重な姿勢を崩さなかった。「牽引車となる商品が完成したとはいえ、夏場には品質上の問題が発生するリスクがある。この課題が解決できない限り、夏季の販売は中止するつもりだ」と明言したのだ。万が一の事態を考慮し、リスクを排除する姿勢は見事だった。こうして、F社は安心して見守れる企業へと成長を遂げたのである。

「未来事業」という考え方は、現在の利益を短期的に追求するだけでなく、将来の利益を確保するための事業活動に重点を置くことです。この考え方を理解し、企業の成長を長期的に見据えることができる企業や経営者は、堅実で安定した成長を維持しやすいといえます。以下に、そのポイントをまとめます。

1. 未来事業への投資の重要性

  • 長期的な利益確保のための投資: ドイツのジーメンス社のように、開発費用として売上高の6%を投じることで、短期の利益を減らしても将来の競争力を維持し、持続的な収益を狙っています。このような未来事業への投資が企業の成長と競争力に直結します。
  • リスクと利益のバランス: 現在の利益を削り未来に向けた研究や販売力強化に費やすことで、短期の利益には影響するかもしれませんが、将来の利益のための布石を打つことができます。

2. 未来を見据えた組織構築と人材育成

  • 人材の計画的な採用: T社では、計画的にセールスマンを確保することで、将来的な販売力を確保しています。長期的な売上拡大のために、現在の利益を犠牲にしても必要な人材を確保する姿勢が、企業の成長に結びついています。
  • 技術者の育成: スター精密の事例では、外部からのスカウトに頼らず、内部の技術者を電子技術者として育成し、新たな事業展開を成功させました。これは、企業の自律的な成長を目指し、長期的に安定した人材基盤を作る一例です。

3. 顧客の将来のニーズに応える商品開発

  • 変化する市場のニーズ: 市場や顧客のニーズは時と共に変わります。未来事業では、顧客の将来のニーズを予測し、そのニーズを満たす商品をあらかじめ開発しておくことが重要です。企業が現状に満足していれば、変化に遅れ、業績を落とすリスクが増します。

4. 経営者の意識と姿勢

  • 未来志向の経営者の重要性: 優れた経営者は今年の利益を追求するだけでなく、2年先、3年先を見据えた行動を取ります。経営者が未来を見据えた視点で動くことにより、企業全体の戦略が未来に向けて進むようになります。
  • 熱意と工夫の力: F社の例に見られるように、未来事業の成功には、経営者の熱意や工夫も欠かせません。たとえ人も資金も不足していても、経営者が自らの力で工夫し、努力し続ければ、困難を乗り越えて新たな成功を築くことができるのです。

5. 資金とリソースの問題

  • 資金とリソースの確保: 未来事業の実現には、リソースの確保が課題となることがあります。しかし、これを理由に断念するのではなく、工夫や外部協力を通じて解決策を見出すことが可能です。F社のように、地道な努力で資金難を乗り越え、新商品開発を成功させた例もあります。

まとめ

「未来事業」という考え方は、単なる利益の追求だけではなく、将来に向けた準備を行うことで企業の安定と成長を確保することです。

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