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始まりにして本質――気を配り、慎み、清く生きよ


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📖 原文引用(『ダンマパダ』第二五章 第375偈)

これは、この世において明らかな智慧のある修行僧の最初のつとめである。
感官に気をくばり、満足し、戒律を慎み行い、
怠らず、浄らかに生き、善い友と交われ。

(原文:
Idha so jhāyati medhāvī,
manasā ca susamāhito;
Ajjhattaṃ susamācāro,
sādhu viharati bhikkhu.

※複数の異読・翻訳あり、意訳にて構成)
―『Dhammapada』Ch. 25, v.375


🔍 逐語訳(逐文・簡潔)

  • Idha so jhāyati medhāvī:この世において、知恵ある者は静かに瞑想する。
  • Manasā ca susamāhito:心をよく統一し、集中する。
  • Ajjhattaṃ susamācāro:内面において行動を慎み整え、
  • Sādhu viharati bhikkhu:善きように生きる修行僧。

📘 用語解説

  • 明らかな智慧(medhāvī):単なる知識ではなく、仏教における洞察と正見をそなえた人。
  • 感官に気を配る:五感の刺激に流されず、過剰に反応しない慎重な態度。
  • 満足(santuṭṭhi):現状に対する受容と感謝。物欲や過剰な欲望を抑えた心の静けさ。
  • 戒律(sīla)を慎む:行為・言葉・思考の整え。仏教における道徳的実践。
  • 善い友(kalyāṇa-mitta):修行を助け、共に高め合うような正しい仲間や交友関係。

🗣️ 全体の現代語訳(まとめ)

この世において、智慧ある修行者にとって最初に果たすべき務めは、
感覚の対象に注意を払い、満足を知り、戒律を守って慎み深く生き、
怠らず、心と行いを清らかにしながら、
自らを正しく導いてくれる善き友と共に生きることである。


🧭 解釈と現代的意義

この偈は、修行の「はじまり」でありながら「核心」でもある心構えを示しています。
私たちの苦しみの多くは、感覚の暴走(過剰な刺激・欲望)や、満足できない心、不規律な行動、人間関係の乱れから生じます。
しかし、仏教はその逆を説きます――小さな刺激にも気づき、少ないもので満足し、慎みある行動を取り、良き仲間とともに歩むことが、心の平安への第一歩であると。
これは現代においても「暮らしの質」「働き方」「人間関係」の原理として通じます。


💼 ビジネスにおける解釈と応用

観点応用・実践例
情報管理過剰な通知や誘惑(感官の刺激)に注意を払い、集中できる環境を整える。
物質的満足他人との比較や欲望に流されず、今あるリソースや状況に感謝して前向きに行動する。
倫理的行動規則・誠実・礼節を守ることで、信頼を築き、職場環境を健全に保つ。
人間関係の質自分を高めてくれる存在(尊敬できる同僚・メンター)と関係を築き、消耗する関係は見直す。
自己規律習慣・態度・姿勢に一貫性を持ち、「怠らない」姿勢が、やがて大きな信用と成果につながる。

🧠 心得まとめ(ビジネスパーソン向け)

「気を配り、満足し、慎み、つながれ――それがすべての始まりである」
成功の第一歩は、才能や環境ではない。
日々の所作・人とのつきあい・満ち足りた心の積み重ねである。
よき仲間と誠実に生きることは、どんなキャリアの礎よりも確かな土台となる。


この偈は、仏道修行に限らず、すべての“道を歩む人”にとってのスタートラインです。

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