一、原文(抄出)
御用に立ちたしと思ふ奉公人は、そのまま引上げ召使はるる儀疑ひもなき事なり。
上よりは御用に立つ者がなと、かねがね御探促なさるる事に候。
能役者よりは、御国家の御用に立つ奉公に心掛け候ものは、何時の御時代にも御探促の事に候。
御用に立つ者をお好き遊ばさるべき事なり。昔よりその位々には出来かね候。下より登り大功を遂げ、御用に立ちたる人、御代々数人これありたる事に候由。
二、書き下し文(要所)
「御用に立ちたい」と強く念じて奉公する者は、いずれ必ず引き立てられるものである。
主君もまた、「役に立つ者はいないか」と常に探し求めておられる。
たとえば能楽や囃子を好む主君であれば、どこからともなく芸達者が現れるように、
国家の役に立とうと心がける奉公人もまた、必ず見出される。
ゆえに、主君たる者は、「役に立つ人材を好む心」を持たなければならぬ。
そもそも地位を世襲で得た者からは、そうそう人材は現れにくい。
多くの場合、下の身分から登り、大功を成し遂げた者が時代を担ってきた。
三、逐語現代語訳
- 「御用に立ちたしと思ふ者」:主君や組織の役に立ちたいと願い、日頃から努力している者。
- 「召使はるる儀疑ひもなき事なり」:いずれは必ず引き立てられるのは間違いないという意味。
- 「御探促」:主君や上位者が人材を常に探索している状態。
- 「その位々には出来かね候」:地位が与えられた者(特に世襲)からは実力が育ちにくいという指摘。
- 「下より登り大功を遂げ」:低い地位から身を起こして、手柄を立てた人が活躍してきたという歴史観。
四、用語解説
用語 | 意味・現代的解釈 |
---|---|
奉公人 | 仕える者。現代でいえば従業員、部下、あるいは公共奉仕者。 |
御用 | 主君または組織の目的・任務・使命。 |
好む | 趣味という意味も含むが、ここでは「積極的に価値を見出す」「評価する」の意。 |
能囃子 | 芸事の一例。ここでは具体例としての“好きなもの”を指す。 |
位々(くらいぐらい) | 身分・地位のこと。 |
五、全体現代語訳(まとめ)
組織や国のために尽くしたいと本気で考えている者は、必ずどこかで見出され、抜擢されるものである。
なぜなら、主君(リーダー)もまた、日々「役に立つ人材はいないか」と探しているからである。
人材とは、世襲のように生まれながらの地位に安住している者からではなく、
志と実力によって下から這い上がった者の中にこそ生まれる。
だから、奉公人は「何かの役に立ちたい」と志を忘れずに努めること。
主君(上司)側は、「役に立つ者を好む心」を常に持ち、人を見る目を養うことが大切である。
六、解釈と現代的意義
この章句は、「人材は志によって現れ、抜擢される」というシンプルだが普遍的な真理を語っています。
現代においても、企業や組織は常に「本気で貢献したい人」を探しています。
抜擢やチャンスというものは、偶然ではなく、日頃の覚悟と姿勢に基づく運命的な出会いであることが多いのです。
また、リーダーの側には、「人を育てる」「下から見つける」「評価の目を曇らせない」といった意識が求められています。
七、ビジネスにおける応用(実践項目)
項目 | 解釈・応用 |
---|---|
キャリア形成 | 自ら「役に立つ存在」になろうとする志と行動が、機会を引き寄せる。 |
抜擢の法則 | 真に必要な人材は、地位に関係なく“下”から現れる。日頃の態度が鍵。 |
リーダーの人材観 | 自分の趣味や都合で人を見るのではなく、「組織のために尽くす者」を積極的に好み、抜てきすべし。 |
人事評価 | 世襲的な安定や形式的な評価ではなく、志・行動・結果で判断する制度設計が求められる。 |
文化形成 | 「上が探している」「下が待っている」ではなく、双方が“共鳴”できる文化が強い組織を生む。 |
八、心得まとめ
「抜擢は志への返礼、昇進は奉公への証」
抜擢とは、見せかけの能力へのご褒美ではない。
それは、黙々と仕えてきた志ある者に与えられる、主君(社会)からの「応答」である。主君は日々、国のため・組織のために動く者を探している。
志を忘れず、行いを整え、時が来るのを焦らず待つ――これこそ真の人材である。
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